「大リーグ ヨコから目線」-(荻野通久=日刊ゲンダイ)

◎ジョー・マウアーの思い出

今年もプロ野球、大リーグで一時代を築いた選手が引退した。プロ野球では新井貴浩(広島)、岩瀬仁紀、荒木雅博(以上中日)、杉内俊哉、山口鉄也(以上巨人)、松井稼頭央(西武)、本多雄一(ソフトバンク)などだ。大リーグではなんといってもミネソタ・ツインズのジョー・マウアーだろう。

▽休み返上で地元球宴盛り上げ

マウアーといえば、そのシュアなバッティングでメジャーでも長く「安打製造機」と言われた。高校時代から広く知られ、3年間で喫した三振はわずか1つ。
それを報道陣から聞かされたマリナーズ時代のイチローが「ウソでしょう。信じられない。試合が少ないのでは」と驚嘆の声を上げたのはよく知られている。
 メジャー15年間で首位打者3回、MVP1回、捕手としてゴールデングラブ賞6回。終身打率は3割0分6厘である。 
 そのマウアーで印象に残っているのはツインズの本拠地ターゲット・フィールドで2014年のオールスターが行われた時だ。
 マウアーはそのシーズンから捕手から一塁に転向。ケガや打撃不振で地元での球宴に選出されなかった。球宴の前日だったと思う。ミネアポリス市内のコンベンションホールで開かれていたオールスター・ファン・フェスティバルの取材に出かけた。入口にボールを手に大勢の人が集まっている。係の人に「何かあるのか?」と聞くと「マウアーが来る」という。
 大リーガーにとってオールスター出場は大きな誇りだが、出場しない選手にとっては短いながらバカンス。4日間とはいえ、シーズン中の選手にとっては貴重な休みだ。家族や友人と旅行に行ったり、趣味に興じるのが普通だ。
 ところがマウアーはバケ―ションに行くどころか、わざわざファン・フェスタにやってきた。引退した名選手がファン・フェスタで話をしたり、サイン会をしたりするのは毎年見た。球宴に選出された地元選手が来ることもあった。しかし、出場しない選手がファン・フェスタに来たのを見たのはマウアーが初めてだ。自分は出場しないが、少しでもオールスターを盛り上げようとの気持ちからなのだろう。

▽ツインズ一筋、地元の誇り

もともとツインズの本拠地セントポールの出身。2002年にドラフト1位でツインズ入り。メジャーに定着した04年からも15年間、ツインズひと筋。マウアー自身、小さいころからツインズの試合をよく観戦、大ファンだった。
 10年の開幕前にツインズと8年総額1億8400万㌦(約208億円)で契約したが、契約せずにシーズンオフにFA宣言して他球団に移籍する道もあった。実際、08、09年とマウアーは首位打者を獲得。選手として脂が乗っていた。さらなる大金で迎えるチームはあったはずだが、マウアーは「ツインズで引退する」と契約を延長。契約が切れる今オフ、ユニホームを脱いだ。
 力は衰えたとはいえ、まだ35歳。その気になればあと1、2年はやれるはずだが、マウアーはチームとの約束を守ったのである。FA資格を取れば大金で他球団に移籍するのが当たり前の大リーグでは珍しい選手だろう。
 引退会見でも「ツインズで首位打者やMVPのタイトルを取れたことを誇りに思う」と涙ながらに語っていた。
 ところで、ファン・フェスタといえばちょっぴり心苦しい思い出がある。03年、シカゴ・ホワイトソックスの本拠地セルラー・スタジアムでオールスターが開催。ファン・フェスタにでかけた。
 会場の一部に人だかりができている。聞くとホワイトソックスのエステバン・ロアイザがファンにサインしているという。その年、20勝(9敗)を挙げたホワイトソックスのエースで、球宴に初選出されていた。ファン・フェスタにふらっと顔を出したようだ。ミーハー根性丸出しでサインをもらおうと思ったが、ボールも色紙もない。ひょいと横を見ると売り物のボールが籠に山となって積まれている。そのひとつを取ると、カバーを破いてサインをしてもらった。
 ボールにサインをもらったのはいいが、さて困った。まさかサインボールを持ってレジで支払いをするわけにはいかない。結局、そのままバッグにしまって持ってきてしまった。今さらではあるが、ごめんなさい。(了)