第9回 野球殿堂入りに「殺して勝つ」の野球道が甦る?(露久保孝一=産経)

野球殿堂博物館は1月15日、2019年の野球殿堂入りを発表し、競技者表彰のプレーヤー部門で立浪和義氏(49)、エキスパート部門で権藤博氏(80)が選ばれた。特別表彰では、日本高等学校野球連盟元会長の脇村春夫氏(87)が選出された。野球殿堂入りはこれで計204人となった。

▽「殺るか、殺られるか」が座右の銘

3氏のなかで、異彩を放つのは権藤氏である。氏は、1961年に中日ドラゴン入団以来、58年間もプロ野球の世界に携わってきている。
この権藤さんの野球哲学は、剛健にして厳格である。座右の銘は「Kill or be killed (殺るか、殺られるか)」だ。武士の精神がにじみでる直截的な表現である。現代のスマート野球からすれば「邪道」と見られかねない言葉ではある。
 1998年、横浜ベイスターズの監督に就任した開幕戦で、この英文を書きこんだボールを、ベンチ入りした投手全員に手渡した。対戦するバッターを殺るか(打ち取るか)、自分が殺られるか(打たれるか)、命がけで投げ込めという一球入魂を課したのである。
 はたせるかな、この「殺人マジック」は投手の好投につながり、ペナントレースで継続され、チームを38年ぶりのリーグ優勝、日本一に導いた。権藤さんは横浜で3年監督を務め、いずれもAクラスという優秀監督であった。

▽江戸っ子に引き継がれた「野球はけんかだ」

昭和時代は「野球はけんかだ」という言葉が半ば当然のように聞かれ、アマチュアのなかでもそれを口にする監督も多くいた。それが、平成の時代に入り、スポーツマンシップという美名のもとに、「けんか野球」は悪となり、言葉は消滅したかに見えた。
 ところが、2016年6月に広島の鈴木誠也外野手が「野球はけんかだと思っている。打てなかったら気が狂いそうになる」と言って話題を呼んだ。交流戦では2試合連続サヨナラ本塁打のあと、決勝本塁打という離れ業を演じている。
 東京・荒川区生まれでリトル・シニア育ちの江戸っ子は「火事とけんかは江戸の花」の心意気をわきまえている。ファンが求める激闘、真剣勝負、醍醐味あふれるプレーを、鈴木は「野球はけんかだ」と置き換えて表したと思われる。その後も、鈴木は広島カープの中心打者として、華やかで活気あふれるプレーを続けている。  権藤氏の「殺るか、殺られるか」と鈴木の「野球はけんか」の言葉は、直接的な表現で誤解されそうだが、どちらも真の意味は、勝負に全身全霊を打ち込んで闘い、勝利する、という気構えを語ったものである。

▽稲尾和久を真似、沢村栄治のような速球を

権藤さんといえば、多くのマスコミで報じられたように、現役時代は「権藤、権藤、雨、権藤」と呼ばれた投手だ。連投また連投がときどきあり、「中日には権藤しかおらんのか?つぶれてしまうぞ」と巨人の堀本律雄から声が飛んだほど。
 プロ1年目はチーム130試合のうち半分以上の69試合に登板した。甲子園でのダブルヘッダーで「1日2勝」したこともある。1,2年目に35,30勝したあとは3年で17勝、投手生活5年でぱっと咲いてぱっと散った(他に3年間内野手を務めた)。
 稲尾和久みたいになりたい、と真似てつくり上げた右腕から浮き上がるような快速球は、阪神の主軸だった松木謙治郎をして、沢村栄治の球に一番近いと言わしめた。
 とことん勝利にこだわり、そのために勝負に全霊をささげる。権藤さんの「いつか来た道」は、野球道において金字塔のように輝いている。(続)