日本一の名将は誰か?(2)

第2回 監督の成績で評価されるのは連覇か、複数球団優勝か、それとも

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[出席者]司会・荻野通久(日刊ゲンダイ)菅谷齊(共同通信)真々田邦博(NHK)深澤弘(ニッポン放送)小林達彦(ニッポン放送)中野義男(フジテレビ)財徳健治(東京)露久保孝一(産経)島田健(日本経済)山田収(スポーツ報知) 

プロ野球の監督を評価する指標は数多くある。優勝回数、通算勝利、勝率、連覇、最下位球団からの優勝など。長く指揮していれば達成する数字もありますが、何が監督の評価を一番よく表すのか。(カッコ内は指揮した球団)

▽連覇は監督の勝負強さと関係?

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司会 「まず菅谷さんいかがですか?」
菅谷 「やはり連覇達成数でしょう。その点で川上哲治(巨人)。11回リーグ優勝して、日本シリーズも9連覇を含めて11回勝っているわけですから」
山田 「1965年(昭和40年)からの9連覇中もかなり苦戦していたシーズンもあった。それでも公式戦を勝ち切り、日本一になっている」
司会 「シーズンによってはチーム防御率がリーグ4位や5位の年もあった。それでも優勝していますね」
菅谷 「全盛時代の阪神のエース江夏(豊)に対して、3人続けてバントヒットを成功させ、満塁のチャンスを作って攻略したこともあった。相手によって臨機応変に戦い方を変えた」
財徳 「たしかに相手チームの先発投手に応じて打線を組み替えていた。点が取れない相手だと土井(正三)を2番に入れて、犠打を多用して得点するとか…」
司会 「そういう観点から見ると西本幸雄監督は(大毎、阪急、近鉄)は8回リーグ優勝していますが、日本一はゼロですね」
深澤 「日本シリーズでどうして勝てないのですか、と西本さんに聞いたことがあります。西本さんは、俺は勝負弱い。〈さい配で〉迷ってしまう、と」
真々田「短期決戦の日本シリーズではさい配の迷い、逡巡が致命傷になるケースがある」
島田 「鶴岡一人監督(近畿、南海)もリーグ優勝は川上監督と同じ11回だが、日本一は2回だけです。勝率は6割0分9厘と川上監督(5割9分1厘)を上回っていますが、同じことが言えるのでは」
司会 「魔術師とも言われた三原脩監督(西鉄、大洋、近鉄、ヤクルト)はリーグ優勝6回で4回は日本一になっています」
菅谷 「2番にパンチ力のある豊田(泰光)を入れ、3番中西(太)、4番大下(弘)という攻撃的な打線を組んだ。従来の犠打のうまい打者ではなく、今はメジャーでもプロ野球でも2番に従来の犠打のうまい打者ではなく、強打者を起用するケースが増えている。その先駆けで、それまでの球界の常識にとらわれない野球をやった結果でしょう」
司会 「三原は、大洋では前年最下位のチームを就任1年目の(1960年)でリーグ優勝、日本一に導いていますね。大洋の先発を下手投げのエース秋山(登=59試合に登板、21勝10敗、防御率1・75)と読んだ相手ベンチが、左打者をスタメンに並べるのを逆手にとって左腕投手を先発させ、左打者が交代したところで秋山を起用。まんまと勝った試合もありました」
財徳 「古葉竹識監督(広島、横浜)も最下位の広島を就任1年目(1975年)にいきなり優勝させたが、あのときは、野手では山本浩二、衣笠祥雄、水谷実雄、投手では佐伯和司、外木場義郎、安仁屋宗八など、同時代の投打の主力が同じくして力をつけてきた。そのタイミングで監督をやった運の良さもあった」

▽価値ある複数球団での優勝

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露久保 「複数球団で優勝していることも監督の高い評価につながると思う。まったく異なるチーム状況、対戦相手でも勝つわけですから。セ、パ両リーグで日本一になった広岡達朗監督(ヤクルト、西武)もその1人です」 
菅谷 「星野仙一監督(中日、阪神、楽天)は3球団で優勝している(注1)。星野監督は三原タイプで選手の使い方、のせ方がうまい」
司会 「野村克也監督(南海、ヤクルト、阪神、楽天)こそ勝率はベスト20にも入っていませんが、リーグ優勝5回、日本一3回。その数字以上に評価する人もいますね」
深澤 「選手に大きな影響を与える監督ではないですかね」
中野 「サムライジャパンの稲葉篤紀監督、WBCで日本チームの主将を務めた宮本慎也、名捕手といわれる古田敦也などみんな教え子です」
財徳 「人がどうやって動くか、人をどうやって動かすかをよく考え、選手の使い方が上手です」
菅谷 「自分の言うことを素直に聞く選手のチームを率いるときは強いが、そうでないときは結果が出ていない。阪神時代は3年連続最下位。阪神ナインはプライドが高いから野村監督のいうことでも素直に聞かない(笑い)」
深澤 「ヤクルト時代、野村監督になぜ優勝ができたか聞いたことがある。野村監督は、球団社長から、やりたいようにやってくれと言われた。それがよかった、と」
司会 「野村監督もそうですが、森祇晶監督(西武、横浜)は西武で、古葉監督も広島では、たびたびリーグ優勝、日本一に輝いたが、ともに横浜では結果を残せなかったですね(注2)」
菅谷 「古葉さんが横浜の監督になったとき、前任者は選手に練習をさせていない、苦労するよと話した。しばらくして会ったら、(体力がなくて)練習させられない、と嘆いていた。森さんも同様で、結果を出せなかったのはそうした事情もあったと思う」
中野 「私も野村監督がヤクルトで初めて優勝したとき、なぜ勝てたのかと質問したことがある。その前に監督を務めた土橋(正幸)さん、関根(潤三)さんがチームを作ってくれたから優勝できた、と言った。ただ、オレで勝ったのだから、オレが優勝させたと言うよ、とも(笑い)」

▽長嶋、王の両監督は目立った数字のないが・・

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司会 「勝率でいうと藤田元司監督(巨人)が5割8分8厘で歴代3位ですが…」
真々田「投手の使い方がうまかった」
山田 「本当にそうです。平成元年、2年のチーム防御率は2・56、2・83。平成2年のときには2ケタ勝利の投手が5人も出た(注3)。完投数も多く(130試合で70)、投手陣を中心に守りを固め、少ない得点でも勝つ。そうした野球が高い勝率につながった」
菅谷 「ある試合で一死一塁の場面で犠打。二塁に走者を進めヒットで1点を取った試合もあった」
露久保「最近では落合博満監督(中日)が8年間でリーグ優勝4回、日本一1回。しかも一度もBクラスがない。現役時代のフリー打撃を見ていると、ホームランなど打たずにライトに狙いを定めて打っていた。考える打撃が考えるさい配につながっている」
司会 「優勝勝率でいえば、今季から巨人で3度目の指揮を執る原辰徳監督が12年間でリーグ優勝7回の5割8分3厘で3位です。父親の貢さんは、巨人以外の球団でも優勝しないと一流監督とはいえない、と原監督に言ったという話も聞きます。弱いチームを勝たせないと評価されないということでしょうか」
島田 「巨人という巨大戦力に恵まれていたのは否めないでしょうね」
菅谷 「原貢監督は夏の甲子園大会で三池工を優勝させた(注4)。極端な守備位置を敷いたりするなど、戦力不足を監督の多彩なさい配で補った。その貢さんなら、そう考えるのは不思議ではないですね」
山田 「原監督に最も影響を与えたのは父親の貢さんであることは原監督も認めています。選手としても、監督としてもそうなのでしょう」
司会 「数字的には特筆すべきものはありませんが、長嶋茂雄(巨人)王貞治(巨人、ダイエー~ソフトバンク)の両監督についてはどうですが」
菅谷 「長嶋監督は監督としての勝負強さはある。平成6年に同率で並んだ中日とのシーズン最終戦で槙原、斎藤、桑田のエース投手3人のリレーで勝ち、リーグ優勝した。あの投手起用は長嶋監督しかできないと思う。王監督はオーソドックスな野球をする」
深澤 「それについて桑田は前夜に長嶋監督から、しびれるところで使うから、と言われたと聞いた。イメージした通りの戦いができたことになる。以前、落合と話していたとき、長嶋監督について聞いたら、長嶋監督の唯一の欠点は全試合勝ちにいくことだ、と言っていた」
真々田「それはどんな大監督、名監督だってできない相談ですよ(笑い)」
山田 「ONは球界では別格、別次元の人だから、監督の評価うんぬんは脇に置いておいていいのではないですか」
司会 次回は個性派監督、外国人監督、現役監督の巻です。(続)
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(注1) 3球団で優勝した監督は三原脩(巨人、西鉄、大洋)、西本幸雄(大毎、阪急、近鉄)、星野仙一の3人
(注2) 古葉監督は1990年から3年間で5、4、6位。森監督2000、01年に3、6位
(注3) 斎藤雅樹(20勝5敗)宮本和知(14勝6敗)桑田真澄(14勝7敗)木田優夫(12勝8敗)香田勇男(11勝5敗)。個人防御率も1位から4位まで巨人勢が占めた
(注4) 原貢監督は福岡県立三池工(大牟田市)を率いて1965年夏の甲子園大会に出場、決勝でのちにロッテでエースとなる木樽正明の千葉・銚子商を2-0で破り、下馬評を覆して初出場初優勝を飾る。東海大相模高監督としても甲子園で優勝している
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歴代監督データ参考資料(現役監督を除く) 
●勝利数ベスト5(カッコ内は監督年数)①鶴岡一人1773勝(23年)②三原脩1687勝(26年)③藤本定義1657勝(29年)④水原茂1585勝⑤野村克也1565勝(24年)
●勝率ベスト5 ①鶴岡一人.609②川上哲治.591③藤田元司.588④水原茂.585⑤天知俊一.581
●優勝回数(カッコ内は日本シリーズ優勝)①川上哲治11回(11回)①鶴岡一人11回(2回)③藤本定義9回(0回)③水原茂9回(5回)⑤西本幸雄8回(0回)⑤森祇完晶8回(6回) 
●リーグ連覇 ①川上哲治9②藤本定義②水原茂②森祇晶5⑤上田利治4
●優勝率 ①川上哲治14年12回=.786②森祇晶11年8回=.727③原辰徳12年7回=.583④藤田元司7年4回=.571⑤広岡達朗、落合博満8年4回、秋山幸二6年3回=.500
(了)