江夏豊インタビュー(5)完-(菅谷 齊=共同通信)

◎先発と抑えの“二刀流”で成功した男のピッチング

▽マスコミ取材、プロ選手の実感

思いもしなかった阪神からの1位指名だった。硬式ボールを握って2年半の左腕は一足飛びに野球最高峰の世界へ。高校時代は夢のまた夢だった甲子園のマウンドに立った。
-びっくりしたドラフト1位指名。プロ野球の知識は?
江夏「そんなものあるわけがない。プロなんて考えてもいなかったからね」
-なんで1位指名だと…。
江夏「球がちょっと速かったからかな。それしか思いつかない。だってカーブを投げられない投手だよ。投手の体をなしていない、と自分でも思っていたもの」
-指名したのは東の巨人に対する西の阪神。一躍注目の新人になったわけだ。
江夏「考えてみたらそういうことだよね(笑)。マスコミの皆さんからいろいろ取材されましたよ。プロ野球なんだな、と思ったな」

阪神のドラフト1位は「選ばれた逸材」として扱われるのは今も昔も同じである。江夏の高校時代の成績はどうということのない数字しか残っていない。スカウトの眼力が試された高校生だった。

▽エラい世界でいきなり新人三振王

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-指名の後は…。
江夏「僕も含めて新人の高校生3人がオフの練習に参加した。そこで投げたんだんだが、練習試合で大きなホームランを打たれた。高校生のときにはない迫力を感じたし、エラい世界に入ったな、と思ったね」
-それでも新人で一軍に入った。当時の藤本定義監督は将来を見抜いたと思うね。
江夏「無我夢中だった。だってあのころの投手陣は実力者ばかり。村山実、ジーン・バッキーの20勝投手に、若生智男、権藤正利らがずらり。しかも年齢が離れている。怖かったよ(笑)」
-新人のシーズンは42試合に登板して12勝、防御率2.74。225奪三振でリーグ最多。いきなり三振のタイトルを取った。
江夏「新人としてはよくやったと思うね」
-投球イニング230回3分の1。これも立派だった。
江夏「そうだね。今は200イニング投げる投手は少ない。新人なのによく使ってくれたと感謝していますよ」
-今なら間違いなく新人王だな。
江夏「あのころは20勝投手がいたからね」

新人だった1967年のセ・リーグ新人王は24勝を挙げた巨人の城之内邦雄。リーグ3連覇の投の立役者で“エースのジョー”の異名をとり一時代を築いた本格派右腕である。

▽笑われた「カーブ、投げられません」

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-2年目の期待は大きかったね。
江夏「あるとき投手コーチから、カーブを投げてみろ、と言われた。そんなボールは投げたことがなかったから、投げ方を知りません、と答えた。そうしたらあきれた顔をしていたね(笑)」
-そのへんのやり取りを…。
江夏」お前、カーブも投げられないのにプロに入ってきたのか、って言われたのを覚えている。監督や他のコーチもマウンドに来て、みんなゲラゲラ笑っていたなあ」
-ストレートだけで新人の年に12勝。首脳陣は変化球を投げればもと勝てる、と思うよ。それで…。
江夏「そういうことだね。だけど投げ方を知らないんだから投げられない。いま考えたらすごい話だよ」
-1年目の13敗が首脳陣には課題だったんではないかな。
江夏「フォームもよくなかったんだ。砲丸投げをしていたからその癖が残っていた。砲丸を投げるようなフォームだった」

▽フォームを直し、24勝に401三振

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江夏を一人前に、と首脳陣。専任コーチのような形で林義一が担当した。林は左腕投手で、パ・リーグ最初のノーヒットノーランを達成した実績を持っていた。
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-林さんの指導法は…。
江夏「フォームを直すことと、カーブの投げ方。この二つ。熱心に丁寧に教えてくれた」
-2年目に早くも新生江夏か。
江夏「そう。フォームは投手らしくなった。だけどカーブはほんのちょっと曲がるだけ。投げ方を知ったことは事実」
-68年は49試合26完投、24勝。完封8。すごいのは401奪三振。これはいまだにシーズン最多記録で、半世紀以上も破られていない。
江夏「三振記録は胸を張れるね。巨人V9の最中で、長嶋茂雄と王貞治のスーパースターがバリバリの時代。いいピッチャーだったんだ、オレは(笑)」
-首脳陣の期待をはるかに上回る成長だったと思う。
江夏「村山さんにはいろいろ教わった。プロとしてのピッチングをね。ほんとうにみんなにお世話になった。私は幸せ者、と感謝している」
-江夏はやはり“阪神の江夏”だと思う。甲子園をあれほど興奮させたんだからね。
江夏「甲子園は素晴らしい。高校時代には縁のなかった甲子園で投げ、勝ち、三振を奪い、ドラマを作ることができたのは投手冥利に尽きるね」

江夏時代の到来である。背番号28の迫力のある投球はフィルムで見ることができるが、ON(王、長嶋)との対決はプロ野球の歴史の中で最高のシーンといっていい。全盛時代の江夏インタビューは次の機会に。(完)