「菊とペン」(1)(菊池順一=デイリースポーツ)

皆さん、お初にお目にかかります。今回から新コラム「菊とペン」を担当する菊地順一と申します。野球一筋の64歳です。今コラムではこれまで取材してきた中でのこぼれ話をお話したいと思います。

◎早版から最終版にも残ったコメント

 新聞社には締め切り時間が1日に何回かあります。早版です。首都圏以外の地方に新聞を届けるために早い時間に設定されているんです。大体が午後8時半から9時あたりです。
 しかし、試合の真っ最中です。原稿は本塁打や適時打を打った打者が中心になる。投手は好投していても、いつ崩れるか分からない。
 そんな時にほしいのが活躍した選手のコメントです。そこをカバーするのが球団の広報担当。現在は各球団ともに担当記者たちにメールでコメントを配信しています。
私がデビューした頃は記者席の両端からコメントを記した紙が回り、読んでサインをする。ところが、これが大概は面白くない。
「打ったのはストレート。狙っていました」
「つなぐ意識で打席に入りました」
無難な談話で、広報担当としては安全策を取る。
 でも、そんな早版のコメントでも忘れられないものがある。
 「ヘーイ、オレはついにやったぞ。まるで処女を破った気分だぜ!」
 1982、3年頃、某球団に鳴り物入りで入団した外国人選手が初ヒットを放った際のコメントです。不振にあえぐ姿に、われわれ記者がそろそろ叩こうと構えていた矢先でした。記者席にこのコメントが回ってきた時はドッと湧きました。
「思い切ってるなあ、こりゃ、原稿になる」
みんな大喜びで早版だけではもったいない。最終版でも使った。いい見出しが立ちました。
 翌日、私は見ました。若い通訳が先輩通訳に散々怒られている姿を。実は先輩通訳が休みで、不慣れな新米通訳が担当したものの、〞初めて〟の例えをそのまま直訳してしまったのです。
 以来、球団が用意した早版のコメントでこれを超えるものはありませんでした。(了)