「菊とペン」-(菊地順一=デイリースポーツ)

◎番外編「実録・悪賢いカラスと遭遇、意外な結末に」
 コロナで明けた2020年がコロナ禍の再拡大とともに幕を閉じようとしている。コロナに振り回された1年だったが、まあ本当に世の中、何が起こるか分からない。
 プロ野球で言えば、日本シリーズで巨人が昨年に続きソフトバンクに4戦全敗。確かにソフトバンクは強いが、私、いくらなんでも昨年の二の舞はない。巨人は1勝、いや2勝くらいはするだろう。こう踏んでいたが、見事に裏切られた。
 さて、来年のプロ野球はどうなるのか。まずは無事、開催することを願うばかりだ。
 今年の日本シリーズが開催されていた頃、私は東北地方の実家に帰っていた。岩手県の海岸地帯で、母の介護をするためである。その日、いつものように近所のスーパーに夕飯の買い物をして、実家近くの川に立ち寄った。それほど寒くはない。子供の頃に遊んだ風景は消えて所々に面影を残している。土手に座って缶ビールのプルタブを引く。日課である。
 「行く川の流れは絶えずして、しかも本の水にあらず」
これからの人生に思いを巡らせていたその時、一羽のカラスが私の左横約2メートルの地点に舞い降りた。ジッとこちらを見つめている。続けてもう一羽が先着カラスの左にやってきた。なんだこいつら、友達同士か、それともアベック、いや夫婦か。先着カラスに「なにか用か?」と声を掛ける。すると正面を向いて無視である。1人と2羽のカラスが土手に並ぶ。私、スマホを取り出し、2缶目のビールのプルタブを引く。スマホの画面に夢中だ。
 ン、背中に何か気配が。ゲッ、先着カラスがスーパーの買い物袋に頭を突っ込んでいるではないか。無造作に置いていたのである。そうか、これが狙いか。カラスは豆腐にかける小分けされた鰹の削り節が入った袋を咥えて退却姿勢だ。
「こらっ、返せよ」と腕を伸ばすが、カラスはバサバサと音を立てて宵闇迫る空中へと飛ぶ。いつのまにか木に止まっていた後着カラスが後を追う。やられた。クソっ。声を掛けたのに無視したのは油断させるためだったのか。
カラスの頭の良さに関しては様々な媒体で喧伝されているが、なるほど、ととるしかない。だが、驚くのはこれからだった。なんとカラスが再び舞い戻ったのである。大きな嘴(くちばし)には小分けされた削り節が。大きな袋は破くことができたものの、小さな袋はその嘴ではどうにもならなかったようである。
おう、感心、感心。返しに来たのか。感激モードに入った私だったが、なにやらカラスの様子がおかしい。小袋と私を交互に見つめるのである。なるど。早い話、私にこの小袋を開けろ、と迫っているのだ。ふと目の前の木を見ると
後着カラスが止まって、我々の様子を眺めている。高みの見物である。
 私、どうしたか?。開けてやりましたよ。土手の草っぱらの上に削り節をまけてやった。しかし、カラスは嘴でつまもうとするが、大きな嘴でつまむことはできない。ウロウロするだけだ。当然である。ハハハ、試合には負けたが勝負には勝った。こんな心境でカラスと対峙した。
 木に止まっていた後着カラスが暗くなった空に飛び立つと、先着カラスは私の顔を一瞥すると後を追った。やはり夫婦で先着が亭主、後着が女房と見た。七つの子が山で帰りを待っているのだろうか。亭主は今頃、女房に「何やってんのよ」とどやされているだろう、と少し酔いの回った頭で考えたのである。
 2020年。巨人の2年連続4タテも衝撃的ではあったが、このカラスとの一件はそれ以上に衝撃的ではあった。これはまぎれもなく実話です。(了)