「菊とペン」-(菊地 順一=デイリースポーツ)

◎監督とマッサージ嬢
現役時代、遊軍記者を5年ほど務めた。担当記者たちのバックアップと言えば聞こえはいいが、休みを取らせるための穴埋めだ。そんな遊軍時代の話を。  
開幕間もない頃、関西地区での試合をカバーすることになった。当日移動である。久しぶりの関西遠征で、当日は試合が終わると、何カ月も顔を出していない馴染みの店へ。しこたま飲んでホテルに帰ってバタンキューだ。
 で、第2戦後、この日は試合が終わるとホテルに直行だ。飲み過ぎて体調が悪い。風呂に入って呼ぶのはマッサージさんである。私の場合、3泊4日の出張に出ると、このパターンで、第3戦後は帰京に備えて軽く飲んで終わりにする。いま、考えるといい生活だったな。
 特にマッサージを呼んで凝った身体を癒してもらうのが楽しみだった。その時、来たのは妙に色っぽい美熟女風のタイプである。年は45歳前後か。女優のだれかに似ていた記憶がある。。
 「どこから来たんですか」「あら凝ってますね」
なんてたわいのない話を交わしながら徐々に打ち解ける。マッサージ嬢がおもむろに話し始めた。顔に複雑な表情が浮かんでいる。
 「このホテル、X球団も泊まっているでしょう。昨日の夜、そこのQ監督に呼ばれて部屋に行ったんですよ…」
 そう、ホテルはX球団の定宿で、私はそうとは知らずに予約していたのだ。
 嬢は話を続ける。
「Q監督さん、すごい嫌らしいですね。すごい助べえな方です。もう私の身体を触りまくってマッサージにならないんです」
彼女、私がマスコミ関係者とは思っていない。
 「どこが凝っていますか」   
と聞けば下半身を指差しすでにナニはボ●キ状態で、スキあればお尻を撫で、間違ったふりをして胸タッチに出るという。「絶妙な指使いでした」と
は嬢の告白。これホメ言葉か?、挙句の果ては「どうだ…」と手を取り始めたという。
 「それからどうした?」
私、さりげなく取材へ入る。
「もちろん、断りましたよ。私たちはマッサージが本業ですからね。変なウ
ワサが立ったら困りますから」
 嬢の語気は荒く顔はこわばっていた。マジで怒っていた。私の頭に芽生えつつあった煩悩が消えた。帰り際、嬢は言った。
「その監督さん、私たちの間ではブラックリストです」
さて翌日、球場である。試合前のベンチにQ監督は担当記者囲まれて雑談中だ。そっと仲間に入る。Q監督、話が脱線して遠征先ホテル生活の話になった。
 「しかし、なんだなあ。最近のマッサージは質が落ちたな」
と切り出した。私はン?、
「いや、ここ来た夜に呼んだんだよ。疲れていたからな。女だった。そうしたらそのマッサージがオレにベタベタと身体をくっつけてくるんだ。もちろん、わざとだよ。それだけじゃないいんだ」
 Q監督の言葉が熱を帯びる。
 「でな、男にも元気にさせるコツ、いやツボというのがあるんだな。そのマッサージはその下のツボをうまく刺激してくるんだ。効いたな。うまいもんだ。オレのことを誘ってきたんだよ。特別サービスというヤツか」
 担当記者の1人が聞く。「監督はどうされたんですか?」
 「そんな誘いには乗らないよ。冗談じゃないよ。采配と同じでな。時には自制、我慢だよ。オレの気持ちは動かない。やり過ごすことも必要だ。まあ、なかなかいい女だったが」
と返して、一言付け加えた。「オレは女房を愛しているからな」
 私、思わず吹き出しそうになった。密室での男女2人。それぞれの主張は全く逆である。どっちが本当なのか。それはわからない。
 ちなみに私は以降、Q監督の談話はあまり信用しないようになった。(了)