「野球とともにスポーツの内と外」-(佐藤 彰雄=スポーツニッポン)

◎五輪が与えてくれる感動
 例えばそれが…開幕直前までドタバタが続いた五輪であっても、あるいは依然として収束が見えないコロナ禍にあって安心・安全が保てない五輪であっても、また無観客という異例の形で強行開催された五輪であっても、始まった以上は選手たちにエールを送る側に立ちたいと思います。
 1年間延長の末にやっと開幕にたどり着いた五輪に対し、コメントを求められた選手たちは、まずそろって「戦う舞台が与えられたことに心から感謝」し、それぞれ言葉を続けます。
柔道男子60キロ級「金」の高藤直寿は、前回2016年リオデジャネイロ大会で「銅」に終わっったことを引きずり「5年間、銅メダリストに甘んじた悔しさを晴らせた」と感涙。水泳の女子400メートル個人メドレーを制した大橋悠依は「名前を呼ばれて“君が代”が流れた」ことに胸を熱くします。
▽非日常的な鍛錬を経て
 柔道女子48キロ級で「銀」を獲得した渡名喜風南が口にした「死ぬこと以外はかすり傷」という、ちょっと想像もつかない身を削る非日常的な鍛錬を経て立つことが出来た五輪の舞台。スポーツが与えてくれる感動に屁理屈はいりません。やり抜いた彼・彼女たちの一挙手一投足こそに私たち観る側は、思わず胸を熱くしてしまうのですね。
 そんな中、いよいよ野球の出番も来ました。7月28日に始まった1次リーグの熱戦。日本代表「侍ジャパン」を率いる稲葉監督の采配に注目が集まりますが、五輪の野球は、プロ軍団ということもあり、アマチュアが五輪に向ける熱い気持ちとは少々、立ち位置を変えます。
▽個人技かチームプレーか
 五輪の野球は、以前から“公開競技”としては行われていました。正式種目入りしたのは1992年バルセロナ大会から。2008年北京大会まで5大会続けられましたが、次の2012年ロンドン大会で除外され、今大会での復活は「3大会ぶり」となる経緯があります。
定着しないのはやはり、野球というスポーツ(ソフトボールも)の普及地域が限定されることからですね。今大会も参加国は日本を含む計6カ国のみ。ちなみに「プロ解禁」は2000年シドニー大会から。日本代表の最高成績は1996年アトランタ大会での「銀」となっています。
 こうした国際舞台用に各プロ球団の“侍”たちを選抜して結成されたチームにとって、采配の一番の難しさは「個人技かチームプレーか」の選択でしょう。タレント揃いの中で指揮官も頭を痛めるところでしょうが、この件に関して久保建英、堂安律ら若手の力を巧みに引き出しているサッカーの森保一監督がこう言っていました。「個々の頑張りをチームプレーにつなげること」と-。
 野球もうまくつながるといいですね。観る側も贅沢ながら、レベルの高い個人技の競演がチームへの貢献につながることを望んでいます。それが「金」に向かう新しい力となる、ある意味「五輪野球」の魅力なのかもしれませんね。(了)