「野球とともにスポーツの内と外」-(佐藤 彰雄=スポーツニッポン)

◎“聖域”に踏み込むことの難しさ
 やはり…なのでしょうか。ベーブ・ルースという米球界のレジェンド、というより、もはや米国の象徴の域にあるともいえる彼は、長い年月を経て今、アンタッチャブルの存在になってしまったのでしょうか。
 MLBエンゼルスの大谷翔平投手(27)が、現地時間9月26日(日本時間同27日午前)、本拠地でホーム最終戦となる対マリナーズ戦に打者と投手の“リアル二刀流”で出場しました。
投については9月3日に9勝目を挙げ、実に103年ぶりという、ルースが持つ「二桁本塁打&二桁勝利」の記録に“あと1勝”に迫りながら2試合の足踏み。3度目の正直となった先発も、10奪三振の好投を演じながら勝利に見放されました。
打については9月21日に45号本塁打を放ってから快音が聞かれず、本塁打王争いもピンチに…。
 シーズンも大詰め。こうした“生みの苦しみ”に耐えている大谷を米国のファンたちはどう見ているのでしょうか。古い話ですが、一つの例としてこんな出来事があったことを記しておきます。
▽負けて男を上げた青木
 1980年6月、米ニュージャージー州スプリングフィールドのバルタスロルGCで行われた米男子ゴルフツアーの「全米オープン」は、初日から日本の青木功と“帝王”ジャック・ニクラウス(米国)が激しく競り合い、米国人を震撼とさせました。
ともに譲らず首位タイで迎えた最終日は、3万人を超す大ギャラリーが押し寄せ、万が一に備えて主催者は警備強化のために警察官出動を要請。腰に拳銃を吊るした警察官の姿にコースはものものしい雰囲気に包まれました。
青木が“帝王”を下して勝ったなら…。ゴルフ史に残るこの「バルタスロルの死闘」は、青木が2打差で敗れ、ニクラウスが優勝。手に汗握って成り行きを見守ったギャラリーは“帝王”の優勝に安堵し、負けた青木には「よくやった。よくぞ負けてくれた。よくぞジャックを勝たせてくれた」と謝意を含んだ喝采が贈られたものでした。
 つまり米国人にとって“帝王”は、米プロゴルフ界の揺るぎないレジェンドであり、ゆえに青木に恨みはなくても、その“聖域”に外国人が踏み込んでほしくなかったのでしょう。その意味で青木は、負けて男を上げました。
▽大谷の孤軍奮闘だけでは…
 大谷はグラウンド内外で礼儀正しく社交的で誰からも愛される好青年です。敵地アウエーの試合でも、地元ファンは大谷を応援し、しかしその一方、チームを負かさないで…という願いを内に秘めています。前人未到の域を歩む大谷には、皆が頑張ってもらいたいと思う一方、ベーブ・ルースの領域には踏み込んでほしくない、という気持ちが、あるいは目に見えないものとなって大谷の周辺にあるのかもしれません。
 10月3日に公式戦が終了するため2ケタ本塁打と2ケタ勝利の偉業は来年に持ち越されました。孤軍奮闘の感があった大谷の2021年シーズンは、日米問わずファンは大いに楽しんだことだろうと思います。(了)