「中継アナの鉄人」深澤弘さんを悼む(5)-(露久保 孝一 = 産 経)

◎野球人よ、相手の目を見て話しなさい
 深澤さんが、楽しみにしていたもののひとつにプロ野球新人研修会での講座があった。将来の有望株としてプロに入団した選手たちに、自ら講師となり社会人としての心構えを話す機会である。
 日本野球機構は毎年春に「NPB新人選手研修会」を開き、コミッショナーをはじめ、選手OBや著名人の講演や訓話、さらに「野球殿堂博物館」見学などを実施している。そのなかで、ニッポン放送アナウンサーだった深澤さんは、メディア対応の講義を受け持ち、2016年まで10年以上にわたり「インタビュー・話し方講座」を担当してきた。
 「話す選手はみんな一流ばかりだから、気を遣うんだよ。でも、実際に話し、会話をしてみると実に楽しい。彼らは純粋だから、少年の野球教室の先生みたいな気分になれる。だから、真剣にならざるを得ないんだ」
 深澤さんは研修会の季節になると、緊張しながらも、うきうきした気分になっていた。13年3月4日の講座では、日本ハムに入団した大谷翔平投手兼野手(現大リーグ・エンゼルス)と阪神の藤波晋太郎投手を指名し、模擬インタビューした。
大谷選手が深澤さんの目をじっと見て、質問内容をしっかり理解し受け答えをした。彼の態度を見て、深澤さんは高く評価した。
▽大谷は長嶋と王と同じような姿勢だ
 「大谷君は相手の目を見て話をしていた。あんな優しい目つきでしっかり見る選手はなかなかいない。長嶋さんも王さんもそうだった」と付け加えた。
大谷選手のインタビュー応対を見て、深澤さんは将来の飛躍を予感したかも。藤波投手に対しては、話し方を問題にした。「言っていることは文句はないんだけど、もう少し口を開いて話した方がいい。言葉が少し低くなり、表情も暗く見えてしまうから」とおだやかに指摘した。
 11年2月に行われた講義では、巨人の澤村拓一(現大リーグ・レッドソックス)投手と日本ハムの斎藤佑樹投手(2021年現役引退)が模擬インタビューに応じた。深澤さんは、2人の堂々とした応対ぶりに「文句のつけようがない」と合格点を与えた。
 プロ野球選手にとって、話し方と話す内容は非常に重要である。その言動がユニークだったり、爆笑ものだったり、衝撃的発言だったりすると、マスコミは「飛びついて」報道するのである。そのことから、深澤さんは、マスコミに好感をもたれるインタビュー応対をすることは自己アピールする良いチャンスである、と選手たちに語りかけた。
 澤村投手は「人の前で話すのは独特の緊張感があります。メディアを通してファンにメッセージを伝えるのも僕たちの仕事なので、声が小さいところも直していきたいです」と深澤先生に感謝の言葉を残した。
▽嫌われる選手にはならないで
 「マスコミに媚びる必要はないが、嫌われる選手にはなってほしくないね。そうなると誤解が生じて、ファンに悪いイメージを与えてしまうからだ」 
 深澤さんは、野球社会人としての成長にも期待を寄せていた。新人の時に、深澤先生から聞いた「相手の目を見てしゃべりなさい」という教訓を生かしマスコミ対応している選手は多いという。「一般社会でもそうなんだよ」と深澤さんは、語気を強めた。(続)