「野球とともにスポーツの内と外」(45)-(佐藤 彰雄=スポーツニッポン)

◎“鳥肌が立つ”とき
友人との雑談-。WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の話題となり、焼酎のお湯割りをひと口呑んでノドを潤した友人は「あれは凄かったな。シビれて鳥肌が立ったものね」と長いときを経た今も気持ちを高ぶらせました。
【鳥肌】=「皮膚が鳥の毛をむしり取った後の肌のようにぶつぶつになる現象。強い刺激、または恐怖などによって立毛筋が反射的に収縮することによる。俗に『総毛立つ』『肌に粟を生じる』など」(広辞苑)
2009年の第2回大会。米カリフォルニア州ロサンゼルスの「ドジャー・スタジアム」で韓国との決勝戦に進出した日本代表「サムライ・ジャパン」は、3-3で延長10回にもつれ込み、観(み)る側の手に汗を握らせる死闘を展開させていました。そんな中で…“あれ”が起きます。大会を通して不振をかこっていたイチローが2死2、3塁の場面で勝ち越しの2点適時打をセンター前に放った“伝説の一打”です。
▽日本中が総立ちになるとき
友人が振り返ります。
「テレビに向かって大声を出し、立ち上がって拍手をしていたよ」
それは何も友人だけではなかったでしょう。私もそうしていたし、恐らく日本中が“総立ち”になった瞬間だったのではないでしょうか。
昨年(2022年)秋に開催されたサッカーのW杯(ワールドカップ)で日本代表は観る側に鳥肌を立たせるプレーを連発、日本中を興奮の渦に巻き込みました。野球関係者は3月開幕のWBCに向けて「野球もそれに続きたい」と口を揃えます。
第2回大会のイチローは“動”のプレーで観る側に鳥肌を立たせました。が、イチローはもうひとつ“静”のプレーでも観る側の胸を熱くさせています。2004年10月、レギュラー・シーズンのレンジャーズ戦でジョージ・シスラーがつくったシーズン257安打の大リーグ記録を塗り替える歴史的快挙(同日3安打で259安打を放つ)を成し遂げました。
▽認知を象徴する「お尻ポン」
このときに何が起こったか。初回、シスラーの記録に並ぶ左前打で出塁したイチローのお尻を相手選手の一塁手ティシェイラがグラブでポンと叩きます。イチローが進塁するたびに二塁手E・ヤングも、三塁手ブラロックも同様の仕草を見せたのです。
このさりげない“お尻ポン”に何を感じるでしょうか。外国人選手が米国で成し遂げた快挙達成に対する米国人の祝福はもちろんあるでしょう。しかし、なお観る側の涙腺を緩めたのは、持てる技術だけでなくまず、環境に溶け込む努力なくしてなかなか達成が難しいだろうことをやり遂げたイチローへの、米国人選手の「敬意と認知」を見たからだったでしょうか。
こうしたイチローの記録もさることながら記憶に残る存在に続けと大谷“二刀流”翔平が、村上“村神様”宗隆が、さらに佐々木“ミスター・パーフェクト”朗希らが満を持します。今年のWBCで日本人選手が“魅せる”べきは、野球という競技がまだまだ隠し持っているだろう「感動」を掘り起こすことですね。(了)(注=イチロー氏の敬称は略しました)