「いつか来た記者道」(44)-(露久保 孝一=産経)

◎年神様が新たな野球の神様を生む日
 日本では、1年の始まりである正月に、幸運の神様である「年神様」がやってくると伝えられている。家族の祖先の霊が神になり、高い山にいる神が新しい年になると各家庭に降りてくる。年神様は門松やしめ飾り、鏡餅に宿り、家の繁栄を守護するのである。
 プロ野球界では、大谷翔平選手が2021年、大リーグ・エンゼルスで「二刀流」としてMVPにも輝く活躍をし、「神様」を追う存在として大きな話題となった。神様とは「野球の神様」ことベーブ・ルースである。ルースは1935年に引退するまで現役22年間に、シーズン本塁打60本(27年、通算714本)、投手で94勝を挙げた二刀流の元祖王者である。18年に史上唯一の「2桁勝利2桁本塁打」(13勝、11号)を達成している。
 大谷は21年に、46本塁打ながら9勝で両方2桁のルースの記録にあと一歩及ばなかった。今後、神様を超えた場合、大谷はどんな神様になるのだろうか? 賢いジャーナリストが何と命名するか、それも楽しみのひとつである。
▽鉄腕稲尾、弾丸ライナー川上ら4人の神
 日本の野球界にはかつて、史上最強軍団といわれた西鉄ライオンズに「神様、仏様、稲尾様」と呼ばれたスーパーマンがいた。その名も「鉄腕」の稲尾和久だ。1958(昭和33)年、巨人との日本シリーズで3連敗した西鉄は、稲尾の4連投(4連勝)で逆転勝利を収めた。大舞台とはいえ4連投は、現在の感覚いえば「狂気の沙汰」であろうか。しかし実際にやってのけ、「神様」の名にふさわしい勇姿を披露した。
 野球界で、神様と言われた男は複数いる。日本プロ野球史上初の2000本安打を達成した「打撃の神様」川上哲治は、大きな存在である。豪快な打法から弾丸ライナーを放つMVP3回受賞の巨人の主砲だった。米大リーグには、シーズン打率4割以上を打ち、大リーグ記録の通算出塁率4割8分2厘を残したテッド・ウィリアムズの評価が高く、「打撃の神様」と呼ばれている。
 日本においては、投手のフォークボール、安打製造機の好打者、盗塁、バントなどで「◎◎の神様」といわれる選手も何人かいるが、稲尾、川上、ルース、ウィリアムズの足跡は文字通り「神様」的ヒーローの偉人であるので、あえて4人を固有名詞で挙げた。
 さて、他のスポーツ界や文学界ではどうか? マイケル・ジョーダンは元プロバスケットボール選手でずば抜けた実績を残し「バスケットボールの神様」と評されたスーパースターだ。サッカーには、ブラジルを3度のW杯優勝に導き史上最高選手として尊敬を集め、「神様」といわれたペレがいる。
▽「神様」の作品を読んで人生論を学ぶ
 文学界での「神様」は誰かといえば、ノーベル賞受賞者の川端康成や夏目漱石、芥川龍之介らを挙げる人も多いかも知れない。私なら、司馬遼太郎を挙げてしまう。文芸評論家の富岡幸一郎さんの見方によれば「わが文学界では、志賀直哉が”小説の神様”といわれる時代があった。そして”評論の神様”といえば、小林秀雄である」(産経新聞、2021年11月27日)という。志賀と小林の作品は、数多くあり、こちらの「神様」の文学にいそしむのも人生を学ぶ上でプラスになるかも?
 最近のプロ野球界では「神様」の代名詞は聞かれない。21年のMVP男、ヤクルト・村上宗隆、オリックス・山本由伸、本塁打王と打点王の二冠に輝いた巨人・岡本和真、3度トリプルスリー(打率3割以上、本塁打30本以上、盗塁30以上)を達成しているヤクルト・山田哲人ら候補生はいる。大リーグの大谷は、神様に一番近い存在だと思われるが、彼らが過去の偉人に並ぶような栄光の座についた場合、どんな神様の名称が待っているか? 
 年の初めの「年神様」がプロ野球界に乗り移って、歓喜と感激を呼ぶ幸運の神様を誕生させてほしいものである。(続)