第61回「真夜中のタクシー」(島田 健=日本経済)

◎自由自在の趣
▽現役引退
1946(昭和21)年4月生まれのベテランが22年をもって芸能界から引退した。最後の活動となった同年12月16日のラジオ番組、オールナイトニッポンGOLDでは「最終回だからといって、特別な企画があるわけじゃない。自由気ままにお送りします」とスタート、ギターを手に取って懐かしいフレーズを唄ったりしてリラックスしたもの。
ラジオに育てられたと感謝し、「僕は僕なりに道を進んで行くしかない」と我が道を強調し、自身の「今夜も君をこの胸に」を最後に流してフィナーレとなった。日本のシンガーソングライターの草分け、吉田拓朗である。
▽反反戦主義
フォーク歌手としてスタートしたが、当時のアメリカの風潮である反戦の唄には同調しなかった。政治的な主張よりも、自分の言いたいことをズバリと唄にしていった。そんな姿勢に視聴者は自由を感じたものだ。
ほぼ同世代である筆者にとっては、浅田美代子と離婚して森下愛子と通算、3度目の結婚をするなどその面でも羨ましい自由さがあった。野球関連としては笠置シヅ子の「ホームランブギ」をロックにアレンジした「ホームランブギ 2003」が有名だが、彼の野球観が垣間見える唄としてはこの唄が最適だろう。
▽会話ばっかり
09年にリリースされたアルバム、「午前中に…」の一曲だが、タイトル通り、真夜中のタクシーに乗った客と運転手さんの会話が延々と喋られる。コーラスはほんの少しだけ。唄でなく会話が主という自由な音楽である。会話の中身が3題あって①プロ野球②プロゴルフ③東京の道路、総計七分の長さだ。そのプロ野球の部分が面白い。
▽シノヅカとか
「そうねぇ、昔シノヅカとかやてる頃ジャイアンツだったんだけど この頃は特に好きな選手もいないし、特別どこがどうってこともないですね」
「私はね、東京生まれだけどタイガースなんですよ、お客さん!今年は文句無し!と思っていたら悪い夢でもみているみたいな大逆転でしたよ!いやですねジャイアンツのホームランは」
「ああ…あっちこっちの4番やエースを引っこ抜いて来て…のやり方は僕も好きじゃないけれど タイガースは本当に悪夢でしたね「人生もそうだけど、お客さん!思い通りにゃいかないってことですよね」
うーん、立派な野球の唄である。
検索は「真夜中のタクシー 吉田拓朗」(了)