◎「時代を象徴した野次」の時代(菅谷 齊=共同通信)

その昔、プロ野球の応援といえば“野次”だった。各チームのファンの中に野次将軍がいて、軽妙洒脱な言葉だから思わず吹き出したり、つい「お見事」と声をかけたくなったものである。一つ紹介したい。
 関西に阪神、阪急、近鉄、南海の鉄道会社をバックにした4球団があった時代のことだった。西京極球場(京都)での阪急-南海戦。
 「おーい、ホークス(南海)」
 阪急がチャンスを迎えると、一塁側から声が飛んだ。
 「お前んとこだけやで、デパートがないのは-」
 スタンドから一斉に笑いが起きた。試合中の阪急と阪神、近鉄はいずれも百貨店も経営していたが、南海だけは確かになかった。関西の人たちはそれを知っている。まさに昭和の話。ネット時代の現在では「野暮ったい」と言われそうである。
 その関西も現在残っているのは阪神だけ。阪急はオリックスに売却し、近鉄はそのオリックスに吸収された。南海は身売りして福岡のダイエー・ホークスとなり、ソフトバンクが引き継いだ。関西風野次は消え、今では「品のある声援」を望んでいる。
 東京にもあった。女性歌手とのロマンスが週刊誌などに載ると、その選手が打席に立った時に相手チームのスタンドから歌手の歌の合唱が流れる。これものどかで明るい雰囲気に包まれた。今だったら選手や球団が黙っていないだろうし、SNSの投稿もあるだろう。
 「火事と喧嘩は江戸の華」という言葉がある。以前のプロ野球は「野次と騒動はプロ野球の華」という時代が続いた。ファンもマスコミも鷹揚だったように思う。(了)