「スポーツアナウンサーの喜怒哀楽」(7)-(佐塚 元章=NHK)

◎奇蹟のバックホーム放送秘話
 1996(平成8)年8月21日午後2時50分 全国高校野球決勝 松山商業対熊本工業 3対3同点で延長戦に入る。
 <NHKラジオ・佐塚元章実況> 十回裏、熊本工の攻撃は1死満塁、サヨナラのチャンス。松山商業、絶体絶命のピンチ。ここで松山商業タイムです。沢田監督、強肩の矢野をライトに入れます。守りを固めます。さあ!プレー再開。バッター熊本工業3番左打ちの本多。ピッチャー松山商業渡部、第1球投げた! 打ったー! いい当たり! ライト矢野、バックバック、足を止めてこちら向き直した。矢野つかんだ!犠牲フライに飛距離はたっぷりだ。三塁ランナー星子、タッチアップ、スタート! 矢野、ボールを投げた! バックホーム! ノーバウンドだ。星子滑り込む! キャッチャー石丸タッチ! アウトー・・・アウトゥオー! 熊本工業サヨナラはなりません。それにしても、すごいバックホーム。信じられない大返球! 試合は延長十一回に入ります。
 というのが わたしの実況です。あまりのビックプレーに4万8000人のファンから、不思議などよめきが続いた。私も解説の福島敦彦さんも興奮のあまり、次の言葉が出て来ない。3日後、プロ野球の阪神戦の中継があったため、練習前にこっそり矢野勝嗣選手が投げた外野の芝生の上に立ってみた。
 「このあたりだな!ホームまで80メートル。ここからダイレクト返球とは」。強肩ぶりを自分の目で確認した。その後、矢野はあのプレーを振り返って「逆風でボールが急降下してきた。それでもあの位置なら低いワンバウンド送球か、中継に送るか、それでは間に合わないと思い、高く浮いた球でもノーバウンドで投げようと瞬時に決めた。そしたら、追い風に乗って本当にホームに届いちゃった。もう一回やれと言われても無理ですよ」と笑った。
 さらに慎重にタッチアップした三塁ランナー星子崇が、足からホームベースに突入しようとしたが、高く浮いたボールがちょうどスライディングする星子の肩のあたりにきて、そのままタッチできたことも松山商業には幸運だった。それでも判定は微妙だったが・・・。
 後日、私は自分の放送の録音を聞いて、大いに反省しなければならなかった。それは、奇跡のバックホーム直後の延長十一回表の先頭バッターが矢野だったことを強調せずにアナウンスをしたことである。矢野は初球を叩いてレフトオーバーの二塁打、勝ち越しのホームを踏んだ。矢野が攻守のラッキーボーイだったことを全く説明していない。どんなに興奮しても冷静に試合の流れを見るというアナウンサーの基本を逸脱してしまった。今も悔やんでいる。
 アナウンサーはいつも名勝負、名場面との出合いを待っているが「奇跡のバックホーム」は私にとって最高の出合いとなった。甲子園の舞台と、風という自然現象、高校生の無限の可能性が結実した球史に残るビッグプレーだったと思う。(続)