◎監督と諸刃の剣(菅谷 齊=共同通信)
8月+猛暑=真夏の決戦。高校野球の甲子園大会はまさにその象徴で、野球界がもっとも盛り上がる時といっていい。プロ野球も高校野球の決勝が終わると、ペナントレースの行方が決まってくる。独走か競り合い、などと。
ただし、プロ野球のチームは優勝の望みがなくなると、監督の責任問題が取りざたされる季節でもある。真夏なのに“クビ筋ヒヤリ”…。
リーグ優勝は無理と判断したチームは、2位あるいは3位狙いにシフトを変える。クライマックスシリーズ出場に目標を定める。勝率5割を切ってもAクラスに入れば首はつながるからで、首位チームにはエースをぶつけなくなる。3位と4位では天地の差がある。
プロ野球の監督については極端な表現がある。
「プロ野球監督の座はたった12。大臣の数より少ない。エリートである」
この評価に監督たちは気をよくする。だから現役時代にスターだった選手がより多く採用されることになる。期待の表れの表現といっていい。
片や、こんな評価も。
「監督の代わりはいくらでもいるが、選手の代わりは簡単にはいない」
監督の存在は軽い、という話である。成績が悪ければ現役時代の栄光など紙屑のようにゴミ箱へ捨てられる。
こんな経験がある。3年契約の監督が2年続けて不成績で解任の危機にさらされた。その監督から呼ばれ、球団の情報を教えてほしい、と頼まれた。答えは「ダメです。クビです」と伝えた。
監督に就任した時、オーナー出席の場で発表されたかつてのスターの2年後の姿は、肩を落とした哀れな男になっていた。長嶋茂雄が第1次監督を解任されたシーンとダブった記憶がある。
監督とは“諸刃の剣”を背負った役職、と思ったものである。監督の「首」は切られると「クビ」と言い換えられる。(了)
