「大リーグ見聞録」(98)-(荻野 通久=日刊ゲンダイ)
◎WBCと日本代表監督
▽多い制約、重い責任
WBC第6回大会(2026年3月)はベネズエラの初優勝で幕を閉じた。優勝候補の下馬評の高かった日本と米国はそれぞれ準々決勝、決勝で敗れた。ファンは落胆、マスコミからは井端、デローサ両監督への采配批判が起きた。と同時に両監督の選考を巡っても疑問の声も高くなった。井端監督はプロ野球で監督経験がなく、デローサ監督もWBCは2度目だが、MLBでは指揮を執ったことがない。なぜ、監督を任せたのか。いずれにしろ日米とも代表監督交代は必至で、だからだろう、すでに自薦、他薦で次期監督の名前が取り沙汰されている。
とはいえ誰がやっても、国を代表する指揮官のプレッシャーは想像に難くない。日米のような、優勝を義務付けされているチームなら、なおさらだろう。WBCでは投手には球数制限があり、所属する球団からは選手起用に注文がつくことも珍しくない。多くの制約に縛られる。勝てばもてはやされるが、負ければその人の野球界でのキャリアにも影響する。
▽「ノムさん、どうですか?」
WBCの監督人事といえば、第2回大会の前年に(2008年10月)に選考会議が開かれたのを記憶している。委員は加藤良三コミッショナー(肩書は当時)、王貞治(第1回監督)、星野仙一(2008年北京五輪監督)、野村克也(楽天監督)、高田繁(ヤクルト監督)、野村謙二郎(解説者)の各氏。議事進行は王氏が務めた。
後に選考委員の一人から、その時の会議の様子を聞いた。
「王さんは2度目の監督を引き受ける気がなく、野村さんに『自薦、他薦でいいので、ノムさん(野村)、どうですか』と水を向けた。ところが野村さんは『(自分が)手を挙げたって、誰も賛成せんだろう』と。王さんは『そんなことないでしょう』とさらに促したが、やる気がなかったのか、やせ我慢だったのか、野村さんは立候補しなかった。その後、いろいろ名前が挙がったが、結局、星野さんに白羽の矢が立った。北京五輪でメダルを逃した(4位)ので、もう一度チャンスを、というのも理由のひとつだった」
ところが「WBC監督に星野仙一」が公になると「五輪で負けた監督がなぜ?」と世論だけでなく、球界からも反発が起こった。星野氏は健康問題を理由に辞退。紆余曲折の末、原辰徳巨人監督が就任。日本を優勝に導いて、重責を果たした。
国際大会の監督人事に関しては選考会議を開いては決定したらどうか。選考過程を透明化して、成績の責任の一端を負う。少しは監督の重圧も軽くなるのではないだろうか。(了)
