「いつか来た記者道」(95)-(露久保 孝一=産経)

◎鉄腕の魔球はロボット審判によって消える
 米大リーグで野球の景色が変わったといわれる。捕手のすぐ後ろにいる審判の存在が小さくなり、スクリーンの判定が注目されているのである。大リーグは2026年から、ストライクかボールかを人間ではなく自動で判定する「ロボット審判」を採用した。ポストシーズンを含めた全試合で実施される。
 普段の投球の判定は、人間の球審がおこなうのは変化ないが、判定に異議が出た場合に「チャレンジ」として再判定をおこなう。再判定は、ロボット審判による自動投球判定となり、スクリーンに判定映像が映し出され「正しい判定の証拠」を表示するのである。ロボット審判は、12台の高性能カメラが球の軌道を追跡し、打者ごとのストライクゾーンを設定し、このゾーン内を一部でも接触すれば、ストライクと判定する。判定に対する異議は投手、捕手、打者に限られ、ベンチの監督は行使できない。訴えは1試合に2度まで許される。
 このロボット審判の登場によって、投手、打者、人間審判の真剣勝負のドラマは影が薄くなる可能性がある。投手には内外角ぎりぎりに投球して、微妙な変化をもたせて審判の目を味方につけようと心掛ける「頭脳派」がいる。
 昭和30~40年代に「鉄腕」といわれた西鉄ライオンズの稲尾和久投手は、審判を幻惑させる手腕の持ち主だった。巨人の王貞治選手は「外角のボールゾーンからストライクゾーンに入ってくる絶妙にコントロールされたスライダーが印象強かった」と稲尾の幻惑ボールを語った。稲尾は「打者にボールと見せかけて、審判にはストライクと見せるのである」。まるで「魔球」だ。この稲尾の高等テクニックは、南海時代の野村克也捕手が絶賛する。
「外角のコントロールが優れ、球審が浜崎忠治の時にはボール2,3個分、外へ流れてもストライクになった」
 稲尾は、右打者を迎えた場合、まず外角低めにズバッとストライクを投げる。次からは、半球ずつずらして外へ投げる。2球目からはボールなのだが、球威があってキレがいいから審判は前の球と同じだと感じて手を上げる。打者が浜崎に「外れていますよ」と言っても、「入っている」と返事する。「稲尾は審判を自分のペースに巻き込んで、ボールと会話しているって感じだった」と野村は舌をまいた。
 稲尾のこの外角低めのきわどい球は、人間の審判はストライクでも、ロボット審判ではボールになる。稲尾の「鉄腕であり天才であり、頭脳的な投法である魔球」は、ロボットではただのボール球になって「味も素っ気もない」ものになる。
 やがて日本野球界に「ロボット審判」が登場した時には、人間対人間の工夫と努力を重ねた勝負の判定劇は、グラウンドから消え去ってしまうのか?(続)

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