「スポーツアナウンサーの喜怒哀楽」(29)-(佐塚 元章=NHK)

◎里帰りしたサッカー日本代表初代グッズ
 2026年6月、ワールドカップサッカーが開幕する。今でこそ日本の出場は当たり前のように感じるが、予選を突破したのは16回大会、1998フランス大会である。サッカーとプロ野球がメインのアナウンサーだった私は、日本が出場していないワールドカップを放送してきたがいまひとつ湧くものがなかった。
 しかし、サッカー史を紐解くと日本の初の国際試合は1936(昭和11)年ベルリンオリンピックから始まっている。日本の力は全く未知数だったが初戦で優勝候補スウェーデンに3対2の逆転勝利をおさめ、「ベルリンの奇跡」と世界中を驚かせた。
20年程前、私のふるさと静岡市浅間通りの古書店で「1936年オリンピックの為に」という文字を記した今治タオルが5000円で販売されていた。「まさか!」と思いながら感激し、店主にルーツを訪ねると「戦前から戦後にかけて静岡中(現静岡高)の名監督・望月亮吉先生が亡くなった時、書庫の整理を依頼され発見した。シベリア横断の旅費がかさみ、資金集めのために作った日本代表初代グッズですよ」ということだった。
 ちょうどその日のNHK静岡のローカル放送「たっぷり静岡」で23歳以下のオリンピックチーム監督・山本昌邦さん(沼津市出身)をスタジオに迎え激励する日だったため、そのタオルをタイムリーな小道具として活用させてもらった。その後、私が私物として保管していたが、2003年日本サッカー協会が東京文京区にサッカーミュージアムを開館すると聞き、初代館長川淵三郎さんに寄贈を申し出て、快く受け入れてもらった。以来20年入口近くの一番目立つところに展示されてきた。私の小さな誇りだった。
ところが23年、ミュージアムは突然閉館となり、タオルは倉庫に眠ってしまった。私は「約束違反」として返還を要求し受け入れられた。再び私の家で保管していたが、「こんな大切な文化財を個人で所有してはいけない」とずっと悩んでいた。そんな折、サッカーどころ藤枝市がミュージアムをオープンすると聞き、北村正平市長に直接、寄贈を申し出たら、大変喜んでくれた。26年4月17日、オープニングセレモニーが行われ、私も参加し展示を確認した。
思えば1936ベルリン五輪代表は16人のうち6人が静岡県勢で、中でも志太中学(現藤枝東高)出身の松永行はスウェーデン戦で決勝ゴールをあげている。当時の静岡民友新聞は「サッカー六勇士」と県民に紹介している。私は改めて展示された古びたタオルを見て「ふるさとに里帰りできてむしろよかったのかなあ!故人も喜んでくれているだろう」という感慨をもった。ミュージアムのある藤枝市総合グランドはJ2で、急成長している藤枝MYFCのホームスタジアムである。皆さん、是非訪ねてください。(了)

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