「たそがれ野球ノート」(36)-(小林 秀一=共同通信)
◎AIは取材できない
今年の「星新一賞」の一般部門で受賞4作品のうちグランプリを含む3作が創作過程で生成AIを使用したものだった。この手の作品応募では一般的にAI使用は認められていないが、同賞は「人間以外の作品も受け付けます」とうたっている。
生成AIの機能を活用して優れた作品を簡単につくってしまうわけで、審査員によると、作品を読んで、これがAIが書いたものなのか、人間なのか判断はできないという。
小説家の高橋源一郎氏の反応が面白かった。文学作品を生成AIがあっさりと書いてしまう現象について、「私が新人だったら、まずAIを利用して受賞を狙いますよ」と語っている。めでたく賞を取って名前を世に出してから、自分の書きたい小説を書けばいいというのだ。
とうとうそんな時代に突入したのか。
果たしてわれわれの古巣ではどうなっているのか気になるところだが、現時点でマスコミ各社(オールドメディア)の編集はおおむね仲良くやっていこうという姿勢のようだ。
共同通信の指針、ガイドラインを見せてもらうと、生成AIは補助的な編集ツールと位置づけられている。データ収集、文字起こしのほか、海外論文の翻訳などでは大きな力を発揮するのだろう。
問題の記事作成については、デスクの了解を前提に、当面、下書きまでは利用が認められている。新聞紙面への浸食を心配する向きもいるが、生成AIが絶対にできないのは記事作成の主要素である取材だ。対象者の心の中に飛び込んで本音を聞き出すのは記者にしかできない。現時点では、と付け加えておこう。取材ロボットが開発されるころには、もうわれわれは消えていることを願うばかり、ですね。
このコラムを提稿する直前に阿部監督のニュースが飛び込んできた。人の機微を理解できないチャットGPTがひと役買っていたらしい。(了)
