「大リーグ見聞録」(100)-(荻野 通久=日刊ゲンダイ)
◎村上宗隆は立派な本塁打王有資格者
▽ホームランキングは三振王?
ホワイトソックスの村上宗隆の活躍に多くの大リーグ関係者は地団太を踏み、臍(ほぞ)を噛んでいるという。戦前の下馬評を覆してホームランを量産しているからだ。ヤクルトで2022年に三冠王。26歳という若さから、ポスティングでメジャー移籍を表明した当初は、大型長期契約確実と思われたが、結局、獲得に動いたのは2球団だけ。争奪戦が噂された時の半分以下の2年3400万ドル(約51億円)でホ軍と契約した。パワーは認めながら、日本で「三振が多い」「空振りが多い」というのが評価を下げた理由だった。
しかし三振はパワーヒッターにつきもの。「追い込まれて当てに行くバッティングするより、思い切りバットを振って空振りした方がいい」と落合博満が言うように、フルスイングに空振りは避けられない。
実際、2025年のア・リーグ本塁打王のキャル・ローリーは60本、188三振。ナ・リーグのカイル・シュワーバーは56本、198三振。(24年はアーロン・ジャッジ58本、171三振、大谷翔平54本、162三振)。いずれも三振を恐れていないバッティングだ。その点ではリーグトップの20本、78三振(現地5月27日現在)の村上は立派なメジャーのホームラン王有資格者だろう。
▽49本で31三振の伝説の打者
ところがかつては必ずしもそうではなかった。
古い資料を紐解くと49本でホームランキングになりながら、三振はわずか31個の打者もいた。1934年のルー・ゲーリック(ヤンキース)だ。元々、パワーヒッターというよりは中距離打者。その証拠にこの年は打率.364、165打点で三冠王に輝いている。ゲーリックは36年にも49本でタイトルを取ったが、その時も三振は46だった。
テッド・クルズースキー(レッズ)は1954年に49本でタイトル獲得も三振は35。翌年は47本で連続タイトル、三振は40だった。クルズースキーは1953年からの4年間で171本塁打を記録したが、三振は140個だけ。今なら1シーズンで記録する数字だ。長いMLBの歴史で、年間40本以上を打ち、そのいずれのシーズンでも三振が下回るのは、ゲーリック、クルズースキーを含めてたった6人(延べ10回)。ちなみに2人とも記録した年はすべて650回以上、打席に立っている。
ベーブ・ルースはどうか。1920、21、27、28、30年と49本塁打以上を記録。すべてタイトルに輝いているが、最多三振は60本、54本を打った27年(89)、28年の(87)の2回だけ。豪快な一発の印象の割に三振は多くない。
投手のレベルの上がり、ボールの質も変わった。ドーム球場ができるなど、球場の広さ、形状も違ってきている。打者の評価の基準も異なってきている。そうしたことがパワーヒッターの在り方にも影響しているのかもしれない。(了)
