「スポーツアナウンサーの喜怒哀楽」(30)-(佐塚 元章=NHK)
◎“再会” 日本最速投手山口高志さん
2026年6月14日午後5時、神宮球場スタンドで涙を流しながら関西大優勝の閉会式を見つめている人がいた。関大OBの山口高志さんである。第75回全日本大学野球選手権で関西学生連盟の関大が、東京六大学の慶応大を2対1で破り54年ぶりの優勝を果たした。当時の優勝投手が山口さんである。
実は私と同じ学年であることから、大学、社会人、プロ野球時代を通じてその活躍ぶりを励みとしてきた。特に大学4年の1972(昭和47)年7月18日の第1回日米大学野球第7戦の1安打完封の快投は忘れられない。クロマティー、リンなど、後にメジャーで活躍するメンバーが手も足も出ない。大会通算3勝で文句なしのMVP。
私はこの試合を神宮球場のスタンドで観戦していた。が、実は悶々としていた。NHKの就職試験に合格したら、この日に電報が来ることになっていたからである。朝から落ち着かず、気を紛らわすために神宮に出掛けた。同学年の山口さんの快投に励まされ下宿に帰った。夜9時頃だった。下宿のおばさんが私の部屋をノックした。「佐塚さん!電報きているよ」「サイヨウナイテイス、エヌエチケイジンジブ」私の人生が決まった。
野球ファンの居酒屋談義でも「日本で一番速い投手は誰か」という話題になる。尾崎行雄(東映)江夏豊(阪神)外木場義郎(広島)江川卓(巨人)…。私は即座に山口高志と断言する。身長わずか169センチ、体重78キロ。足を小さくあげ、空を見上げ、エィ!早い腕ふりは地面を叩きつけんばかりだ。カーブは同じフォームから天井から降ってくるような感じである。スピードガンがあるなら速球は160キロ、カーブは110キロだったと思う。私の故郷静岡の友人である松下勝実さん(清水東―慶大、首位打者2回)は山口さんと松下電器でプレーしたが、「タカシの投げた球を打つとベースの上が焦げ臭かった」と証言している。バットとボールの皮が摩擦で一瞬火花が出るからだろう。
今回、決勝の観戦中にぶしつけながら「山口さん!一番速かったのはいつでしたか?」と長年温めていた質問をした。「うーん!阪急にプロ入りした昭和50(1975)年の広島との日本シリーズかな」と答えてくれた。
そんな山口さんも私と同じ75歳、10年前から関大野球部AS(アドバイサリースタッフ)として投手陣70人にアドバイスを送っている。優しい表情、紳士的な語り口から母校の若者に対する愛情が感じられる。私に語ってくれた。「学生と会話して、若者に自分の姿が映ってくれればいいんですよ。自分の位置、努力目標をつかむ。つまり私は若者の鏡になりたいんですよ」(了)
