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「特別企画」-さらば、黄金の左腕

 400勝投手の金田正一さんが2019年10月6日、86歳の生涯を閉じた。長嶋茂雄との対決など、戦後のプロ野球発展に大きな足跡を残した、文字通りの大投手だった。私たち東京プロ野球記者OBクラブの面々も、その投球、言動を取材し、全国の野球ファンに報道した。強烈な個性は永遠に記憶に残ることだろう。

 特別企画記事
 ●「評伝」金田正一(菅谷 齊=共同通信)
 ●「私とカネさん」 (小林達彦=ニッポン放送)

東京プロ野球記者OBクラブは2006年(平成18)10月1日に設立されました。

会員は東京運動記者クラブに在籍した新聞社、通信社、ラジオ局、テレビ局をはじめとするプロ野球報道に多年携わったジャーナリストです。

2018年2月1日現在、およそ100名となっています。
クラブの目的は『会員の親睦と野球界のさらなる発展に寄与』です。

ご紹介

 2019.10.18 「特別企画」-さらば、黄金の左腕 を掲載しました
 2019.08.01 新企画「3.長嶋茂雄と私」 を掲載開始しました
 2019.08.01 終了連載企画 「30.終了連載企画」を新設しました
 2019.07.01 2019年度総会での「-王貞治氏、使命感を語る-」を掲載しました
 2019.07.01 2019年度総会活動を掲載しました
 2019.06.02 新企画「17.野球とともにスポーツの内と外」掲載開始しました

プロ野球人生60年周年の王貞治さんをゲストに迎えて

-2019年度総会・懇親会-

2019年東京プロ野球記者OBクラブ懇親会で王貞治さんと会員、ゲストたち

東京プロ野球記者OBクラブは6月18日、東京・内幸町の日本プレスセンターで2019年度総会・懇親会を開き、総会で新人事を承認。懇親会は、福岡ソフトバンクホークスの王貞治会長を招き「プロ野球人生60年」を祝した。

プロ野球60周年の王貞治さん(右)に記念時計を贈る菅谷齋会長

総会は、会員30人が出席。役員人事は、菅谷齊会長(共同通信)をはじめ全員が留任。新たに4人の理事が就任した(詳細はホームページの「理事と名簿」に掲載)。露久保孝一事務局長(産経)から活動報告と今年度計画の説明があり、了承された。

2018年度の主な活動は、11月にプロ野球名球会40周年フェスティバルの前夜祭(東京ドームホテル)に出席とセ・パ対抗試合(東京ドーム)の観戦。東京運動記者クラブのプロ野球記者分科会会合に出席し、それぞれ交流を深めた。

懇親会では、王氏に対し、長年に渡る取材協力に感謝するとともに、これまでの功績を称え記念品を贈呈した。

王氏は1959年(昭和34)に東京・早実から巨人に入団してプロ野球生活をスタートした。通算868本塁打を放ち、巨人9連覇に貢献、三冠王2度に輝くなど長く球界に君臨した。

表彰の後、王氏は挨拶で「一つの仕事を60年間も続けてこられたのは幸せなことです。今後も球界の発展に尽力していきたい」と語った。パーティでは、大リーグ本塁打記録を抜いたときなどの取材をした記者たちと懇談、旧交を暖めた。

懇親会のゲストは王会長のほか、野球殿堂博物館の廣瀬信一前館長、庄司正信新館長、プロ野球名球会の松元潤一事務局長、アンダーアーマー総代理店の株式会社ドームの深瀬新市営業部長、東京運動記者クラブ・プロ野球分科会の石原秀知代表(共同通信)が出席した。

多くのファンに喜ばれる球界を目指して

 東京プロ野球記者OBクラブの懇親会に出席した王貞治氏は、プロ野球人生60年を振り返り、その歴史と現在の野球界について語った。

かつての「仲間」記者たちを前に話をする王さん

▽個人の対決からチームの戦い

「もう、プロで60年も経ったのか、という思いです。記者の皆さんとともに過ごしてきたことがとても懐かしい。皆さんとのことは、鮮明に覚えている」
「現在の野球は、僕が若かった頃とは随分変化している。僕たちの頃は、例えば、村山実対長嶋茂雄の戦いとか、僕なら江夏豊との対決とか、ファンから注目された。個人対個人の戦いが、野球の面白さを盛りあげた」
「最近の野球はそうじゃなく、チームとチームの戦いに代表されるようになった。工藤ホークスとか原ジャイアンツとか、チームの戦いとして言われている」
「ピッチャーの方でも変わってきた。いろんな専門のピッチャーが出てきた(先発、中継ぎ=セットアッパー、ワンポイント、抑え=クローザー)。しっかりした先発投手は、数えるほどしかいない」

▽将来に向け少年野球の拡大を

「野球はもっともっと発展しなければならないが、オリンピックでは2020年の東京五輪では正式種目にならなかったものの、追加種目と実施されることになった。しかし、2024年のパリオリンピックでは外れてしまった。とても残念なことです」
「野球は、少年野球を行なう底辺を拡大し、野球人口をさらに増やしていくことがいま求められている。われわれはみんなが前向きに取り組み、多くのファンに喜ばれるような野球界にしなくてはならない。それだけに、本日は、野球記者である皆さんとお会いし、皆さんに尻を叩かれながら、野球の発展のために頑張らなくてはならないと感じた次第です」

▽世界の子供たちに野球の普及活動

王氏は、世界少年野球推進財団の理事長も務め、少年野球の育成と野球発展に尽力。毎年夏休みに世界各国の少年少女を招き、野球を通じて団体生活などを体験させている。
「世界各国の少年、少女が世界大会を通じて交流を深めたのは、とても有意義なこと。野球のルールを覚え、プレーが上達し、友情が生まれてくる。10日間の共同生活をして、日本の地方の文化、歴史を知り、新しい発見をした。プールで泳ぎ、枕投げもして、自己主張をするようになる。とてもいい催しだった」
懇親会ではその活動をビデオで紹介した。(露久保孝一=産経)

推薦文

東京プロ野球記者OBクラブのホームページ公開に伴い、長嶋茂雄、王貞治、山本浩二3氏から推薦の言葉を頂きました。(写真は日本プロ野球名球会提供)

長嶋 茂雄氏(読売ジャイアンツ終身名誉監督、日本プロ野球名球会顧問)

◎歴史、ドラマを後世に

長嶋茂雄氏

長嶋茂雄氏(読売ジャイアンツ終身名誉監督、
日本プロ野球名球会顧問)

プロ野球の歴史を振り返ってみますと、今日の隆盛は野球メディアの報道に支えられたことも大きな要因になっています。名球会の会員はこれまで、いい時、悪い時、あらゆる場面で記者の方々とお付き合いをしてきました。現役を退いても、いまだに取材を受けることもあり、信頼関係は持続している、といえます。かつて活躍した活字、電波の記者がホームページで健筆をふるうのは、大変うれしいことと思っています。プロ野球の歴史、ドラマ、すごさ、すばらしさをファンに伝えて頂ければ、と願っています。

王 貞治氏(福岡ソフトバンクホークス会長、日本プロ野球名球会顧問)

◎文化としての野球も伝えて

王貞治 氏

王貞治氏(福岡ソフトバンクホークス会長、
日本プロ野球名球会顧問)

プロ野球には様々な歴史が詰まっています。選手が力いっぱいプレーしたことで作りあげた事実です。名勝負、大記録だけではなく、小さなことでも球史に残しておかなければならない、という出来事にも焦点をあてていただければと願っています。と同時にプロ野球の社会的役割、文化としての野球も伝えてくれることを期待しています。

山本 浩二氏(日本プロ野球名球会理事長)

◎成績、記録を正しく評価して

山本浩二 氏

山本浩二氏(日本プロ野球名球会理事長)

プロ野球の歴史には様々な出来事がありました。現在の隆盛を見るとき、先人の熱意、努力に敬意を表したいと常々思っているところです。メディアの方々には、埋もれてはならない事実を発掘し、後世に伝えていただきたいと思います。その上で選手たちの成績、記録を正しく評価し、一つのプレーの重みをファンに知らせてくれることを望みます。名球会としても「歴史の報告者」になれればと考えています。

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