第16回 スクールボーイ沢村、9三振の快投 ー菅谷 齊=共同通信)

▽ルースを3球三振、喝さいの嵐

晩秋にしては強い日差しの静岡・草薙球場。11月20日の試合は日本野球界にとって歴史的な一戦となった。全日本のマウンドに立ったのは沢村栄治。京都商の17歳9か月の少年である。
 午後2時、プレーボール。
 立ち上がりから力強い投球を見せた。1回一死、2番のチャーリー・ゲリンジャーからこの試合初めての三振を奪った。
続いてベーブ・ルースの登場である。沢村はこの世紀のホームラン王を相手に、なんと3球で三振に仕留めた。これにはだれもが驚いた。沢村、一世一代のピッチィングだった。
2回も快投は続き、4番のルー・ゲーリッグ、さらにジミー・ホックスからも三振を奪った。三冠王、本塁打王の二人である。
 ここまで4連続三振。いずれものちに殿堂入りした大物ということを考えると、沢村がいかにすごい投球をしたかが分かる。
 観衆2万余。やんやの喝さいの中で攻防は進んだ。あの大リーガーがきりきり舞いし、まともにバットの芯で捉らえらえないのだ。沢村の速球に詰まり、大きく鋭く落ちるドロップに空振りを重ねた。
 序盤、中盤と両軍は得点ができず、ゼロが並んだ。

▽痛恨の1球、ゲーリッグに決勝ホームラン

「なんてこった、相手はスクールボーイだぞ」
 大リーグのベンチは慌てはじめた。6回まで得点圏に進んだ走者はだれもいなかった。どう攻略するのか。
 「曲がりっ鼻を打て」
 こう檄を飛ばしたのはルースだった。狙いは速球ではなかった。スピードの落ちる変化球に的を絞れ、というのである。
 終盤の7回に入った。先頭のルースはスローボールを打たされ、投ゴロにあっけなく終わった。
 ここで打席に立ったのはゲーリッグ。初球のストレートを見送った。ストライク。2球目、ドロップ。これを待ち構えていたように打たれ、打球は右翼スタンドで跳ね返った。
 全日本 000 000 000 0
 全 米 000 000 10X 1
 ゲーリッグの一打は決勝の1点だった。
試合時間1時間30分。緊張の90分だった。
 沢村は9回を投げ抜いた。三振は9を数えた。この快投は「あっぱれ」の声に包まれた。
 エピソードが伝えられている。沢村はドロップを投げるとき、口を“への字”に曲げる癖を見抜き、それをルースが指摘したというのである。ホームランバッターのルースは抜け目のない一面をのぞかせたのだが、大リーガーはそういった点でも一流だった。
 「スクールボーイ沢村を大リーグは獲得しろ」
 随行記者はアメリカに、そう打電した。(続)