「菊とペン」(53)-(菊地 順一=デイリースポーツ)

◎あのノーヒットノーランの記憶はむせ返るような酒の匂いとともに…
今年もプロ野球に様々な記録が誕生している。5月24日には巨人・戸郷翔征、6月7日には広島・大瀬良大地の2人がノーヒットノーランを達成した。
レギュラーシーズンで90人、合計102回(3回達成2人、2回達成8人)だという。
私も何回か記録達成の現場に立ち会ったが、いまでも忘れられないのが1987年8月9日、ナゴヤ球場での中日対巨人戦だ。
中日の近藤真一(現在は真市)が達成した1軍公式戦初登板初先発ノーヒットノーラン、18歳の新人が演じた史上初の快挙だった。大記録である。
この時は王さんが率いる巨人担当である。中日は星野さんである。最後の打者は篠塚だった。
よく覚えているが、試合後に記者席から三塁側・巨人ベンチに入ると日本酒の匂いが充満していた。大げさではなく、息をしたくなかった。おまけに清めの塩がスパイクの泥にまみれて散らばっていた。
よくまあこの匂いの中で試合をしたものだ。感心というか呆れた記憶がある。
実は巨人、試合前に日本酒の一升瓶1本と3キロの塩をベンチとベンチ前にふりまいていた。お清めである。
前日8日の同カード、巨人は9回まで1点リードしていた。だがその裏、1死から代打・石井の平凡な左飛を松本が落球した。記録は二塁打である。そして2死後、仁村に同点打されて延長戦に突入した。結果は10回時間切れドローとなった。
巨人の落球と言えば、2年前の85年4月17日、甲子園での阪神対巨人が記憶に新しかった。4回裏、2死から掛布のソロが出て、なお走者一塁。佐野の平凡な遊飛を河埜が落とし、以後2本塁打を含む阪神の猛攻を招いた。
阪神が優勝への足掛かりとした試合であり、巨人はここから転落した。
87年は王さんの4年目である。開幕から順調に首位を走っていた。だが、なにが起こるか分からない。この落球がまた不運を運んでくるかもしれない。
9日朝、巨人の宿舎に一升瓶1本と3キロの塩が届いた。岐阜・美濃市のお坊さんが送ってきたのだ。おそらく熱心な巨人ファンだったのだろう。後援者だったのかもしれない。これで悪いものを吹き飛ばしなさい。
ありがたい。巨人は感謝した。もちろん、所サブマネージャーが球場に持ってきた。と、王さんが声を掛けた。
「どうせやるなら、思い切りやれ」
指揮官の命令である。所サブマネは練習前にベンチの中と前、さらにグラウンドに気前よくドバッドバッと振りまいた。塩も一緒だ。
この光景を「高そうな酒だな。ああ、もったいない。飲みたい」と見ていたが、なんと一升瓶1本が空になった。塩3キロもきれいに消えていた。
想像していただきたい。8月9日、真夏の名古屋である。蒸し暑くて湿気が高い。ベンチに座っているだけで汗が体中から噴き出す。その日は軽く30度を超えていた。練習が終わり、暗くなるころにはすでに酒の匂いがむせ返っていた。
近藤はMAX145キロの速球に110キロ~120キロのカーブを使った。緩急である。巨人打線の三振数は13個を数えた。3月まで学生服を着ていた少年にいいところなくやられた。
そりゃ、そうだ。三塁側に陣取った野球の神様もさあ、これからという時に一升飲まされたのだ。プレーボールがかかる頃にはヘベレケになり、悪酔いしていたのだろう。
ちょっと飲んでほろ酔いくらいがちょうどいい。私はいまでもあの一升瓶が近藤のノーヒットノーランに何パーセントかでもアシストしたと信じている。
過ぎたるは及ばざるが如し。私も飲むときは自戒している(本当か?)
ちなみにこの年、王さんは初優勝した。後になって効いたか。(了)