2026-01-04 / 最終更新日時 : 2026-01-04 op01 03.真相と深層 「ONの尽瘁(じんすい)」(30)―(玉置 肇=日刊スポーツ) まさに「名選手は名監督たり得るか?」が問われるシーズンだった。巨人監督就任以来3年間リーグ優勝から遠ざかる王貞治にとって背水イヤーとなった1987(昭62)年。指揮官としてこれ以上の優勝の空位は現役時に樹立した栄光に影を […]
2025-12-01 / 最終更新日時 : 2025-12-01 op01 03.真相と深層 「ONの尽瘁(じんすい)」(29)―(玉置 肇=日刊スポーツ) 1987(昭62)年4月10日、後楽園での開幕戦。就任4年目の王貞治率いる巨人はいきなり監督就任1年目となる星野仙一の中日と相まみえた。新たな「遺恨カード」と、マスコミがあおり立てたのも無理はない。対巨人となると現役時代 […]
2025-11-01 / 最終更新日時 : 2025-11-01 op01 03.真相と深層 「ONの尽瘁(じんすい)」(28)―(玉置 肇=日刊スポーツ) 何者かによる多摩川グラウンドへの「ゴミ投棄事件」で幕を開けた1987(昭62)年は、巨人監督の王貞治が「鬼」と化したシーズンでもあった。3年間リーグ優勝から遠ざかる要因を「選手との希薄なコミュニケーションにあった」として […]
2025-10-01 / 最終更新日時 : 2025-10-01 op01 03.真相と深層 「ONの尽瘁(じんすい)」(27)―(玉置 肇=日刊スポーツ) 巨人監督・王貞治にとって就任4年目となる1987(昭62)年シーズンは文字通りの「背水イヤー」となった。84年の就任以降、3位、3位、僅差の2位とAクラスこそクリアして来たが、「球界の盟主」をうたう巨人にあって3年以上の […]
2025-09-01 / 最終更新日時 : 2025-09-01 op01 03.真相と深層 「ONの尽瘁(じんすい)」(26)―(玉置 肇=日刊スポーツ) 75勝を挙げながら「3厘差」で優勝を逃した1986(昭61)年、王巨人は激動のオフに見舞われた。監督・王貞治の「進退伺い」は読売サイドに受理されなかったが、就任4季目となる来季の覇権奪回は不可避となり、それに向けた戦力補 […]
2025-08-01 / 最終更新日時 : 2025-08-01 op01 03.真相と深層 「ONの尽瘁(じんすい)」(25)―(玉置 肇=日刊スポーツ) 王貞治が巨人監督時に確立した戦略に「勝利の方程式」がある。先発陣が6~7回までを投げ、残りのイニングを少なくても2~3人の救援陣で抑える継投策だ。典型的なパターンは先発の後、角三男、鹿取義隆、守護神サンチェの3人でそれぞ […]
2025-07-01 / 最終更新日時 : 2025-07-01 op01 03.真相と深層 「ONの尽瘁(じんすい)」(長嶋茂雄さん追悼篇)―(玉置 肇=日刊スポーツ) 梅雨の走りを思わせる6月の雨の朝、長嶋茂雄さんが逝(い)った。私はこのコラムでONの巨人監督時代の「苦労話」を、今は王貞治さんのそれを、書かせてもらっている。現役時代の業績はテレビや雑誌で知るだけ。1985(昭60)年か […]
2025-06-01 / 最終更新日時 : 2025-06-01 op01 03.真相と深層 「ONの尽瘁(じんすい)」(24)―(玉置 肇=日刊スポーツ) わたしが王巨人の番記者を担当した1985(昭60)年からの3年間で、最も印象的だった年は、優勝を達成した87年ではなく、75勝を挙げながら最後の最後で広島に逆転優勝を許した86年のほうだった。それだけ勝負の悲喜交々を数多 […]
2025-05-01 / 最終更新日時 : 2025-05-01 op01 03.真相と深層 「ONの尽瘁(じんすい)」(23)―(玉置 肇=日刊スポーツ) 一時は広島に最大5.5ゲーム差をつけ、初優勝をほぼ射程圏内にとらえたと思われた1986(昭和61)年の王巨人。8月におぼろ見えていたのは、文字通りの「邯鄲(かんたん)の夢」であった。9月23日からの広島との直接対決3連戦 […]
2025-04-01 / 最終更新日時 : 2025-04-01 op01 03.真相と深層 「ONの尽瘁(じんすい)」(22)―(玉置 肇=日刊スポーツ) 1986(昭和61)年10月12日深夜。日付が変わろうとしていた。 巨人監督・王貞治の運転する車は、静かに東京都内の自宅に戻ってきた。閑静な住宅街には新聞、テレビの報道陣30人近くが待ち構え、その主(あるじ)の登場に合わ […]
2025-03-01 / 最終更新日時 : 2025-03-01 op01 03.真相と深層 「ONの尽瘁(じんすい)」(21)―(玉置 肇=日刊スポーツ) 「あの子は、誤解してる」 「〝あの子〟呼ばわりされる覚えはない!」 1986(昭和61)年、巨人監督・王貞治が投手コーチに招へいした皆川睦雄と先発ローテの一角を占める西本聖は「確執関係」にあった。当時、わたしは「何が不仲 […]
2025-02-01 / 最終更新日時 : 2025-02-01 op01 03.真相と深層 「ONの尽瘁(じんすい)」(20)―(玉置 肇=日刊スポーツ) 巨人監督の王貞治にとって、抑えの切り札で加入したルイス・サンチェはまさに「両刃の剣」だった。1986(昭和61)年4月6日。ヤクルトとの開幕カード3戦目の9回2死から初登板すると難なく来日初セーブ。これを皮切りに5連続セ […]