「セ・リーグDH採用で球界が変わる?」-(山田 收=報知)

第2回 パDH採用の歴史
 パ・リーグがDH(指名打者)制を採用したのが、1975年。73年まで続いたV9巨人が終焉を迎えた時期でもある。それまで、巨人を筆頭に「人気も実力もセ」を甘んじて受け入れていたパが「強さと面白さ」を追い求めた結果である。
 大リーグ(MLB)では前々年の73年にア・リーグが採用している。
72年当時はヤンキースの低迷期で、1試合平均観客数1万人未満がア・リーグ12チーム中5チームもあった。当クラブ会員の蛭間豊章氏によると、さらにリーグ自体が“投高打低”で、各チームの1試合平均得点が3.47(ナは4.15)。因みに2019年のアは4.88だそうだ。
 その打開策として1920年代から論議されてきたDH制度を採用したメジャーの流れに乗って、パ・リーグがそのまま輸入した形となった。同様に検討していたセは、一歩先に進まれたこともあり、新制度採用には同調せず、9人野球にこだわった、といわれる。
余談だが、私がプロ野球の取材をスタートさせたのは70年代終盤。当時は、現在と違い、両リーグは別組織で、何かと対立することが多かった。というより、セにはパと協調する懐の広さに欠けていたように思う。
 日米両国とも、DH制採用のきっかけは、不人気からの脱却だった。打線が活発な野球を展開することで、人気を得る⇒セ・リーグに勝つ。パはそんな図式を描いていたと想像する。
結果からいえばその後、「人気のセ、実力のパ」の時代を経て、今や「人気も実力もパ」の時代がやってきたのではないか。DH制が、パの地位向上に一定の貢献したのは間違いないだろう。
 さて、DH制のメリットと何か。
① 打力の低い投手を打線に組み込まずに済む
② 投手が投球に専念できる
③ 9人野球より1人多く野手が使える
④ ベテランや守備力に難のある選手など、起用に幅が広がる
⑤ 必然的に投手の力量が上がり、リーグ全体を活性化させる
DH制は闘い方だけでなく、選手の生き方にも大きな影響を与えていくことになる。(続)

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