「菊とペン」-(菊地 順一=デイリースポーツ)

◎「オレにガン飛ばしてんのか」と言った監督
これは数年前のお話である。某球団のX監督は礼儀・作法に厳しい、いやうるさいことで知られていた。春のキャンプに年配の評論家がやって来て、グラウンドで人気選手にサインを求めていた時だ。
「オレはああいうのは嫌いなんだよな。まだ練習が終わっていないだろ。第一、あいさつにも来ない」
と吐き捨てると、評論家と人気選手が談笑するシーンをにらんでいた。
 早い話、「オレにあいさつに来ない」というのが面白くなかったようで、後で球団関係者に聞くと、以前から“口きかぬ仲”だったとか。原因は評論家の采配批判だった。
プロ野球関係者にはこういった局地戦が多いので、取材の際は気をつける必要がある。で、X監督である。その年のシーズンは開幕からチームがガタガタで最下位街道をまっしぐらである。打つ手、打つ手が裏目に出て主力選手の故障が相次いだ。
当然のことながらチーム内は暗い。敗戦時の監督インタビューは自分の采配はさておいて、思うように動かぬ選手への苦言である。まあ、苦言というよりも恨み節の色が濃かったが。
 ある試合。いつにもましてひどい展開になった。出る投手出る投手が四球連発、ヒットを気前よく献上して大差負けだ。正捕手は早々と見切られ、2番手捕手が試合の最後までマスクをかぶった。
 X監督は試合終了後の会見を早々と終えると、正捕手と2番手を監督室に呼んだ。ミーティングと言えば聞こえがいいが、憂さ晴らしのお小言タイムである。
 30分後、正捕手が顔を真っ赤にして監督室から出てきた。報道陣は監督から何を言われたのか興味がある。正捕手を囲んで輪ができた。2番手は素知らぬ顔でロッカーでスルーである。
 正捕手の第一声はこうだ。
「やってられないっすよ!」
監督から“ありがたいお言葉”をいただいたはずなのに、語尾が怒りで震えている。話を聞くともっともである。正捕手君、直立不動で監督の話を聞いていたが、数分後、
「オイ、お前はオレにガンを飛ばしているのか。なんだ、その反抗的な目は
-」
と怒鳴られたという。
 もとより、正捕手君にはそんなつもりは一切ない。普段、監督から「相手の話を聞く時は相手の目をしっかりと見るんだ」と教育されてきたので、その通りに実践しただけのことだ、というのだ。
 X監督、そうとう気が立っていたようだが、ガンを飛ばされた、はあんまりだろう。正捕手君は我々に愚痴をこぼしまくり、最後にまた「やってられないっすよ」と声を落としたのだった。
 礼儀や作法に厳しいのはいいが、指導者は下にいる者の気持ちを考えてやることも大事だろう。このケース、ガンを飛ばすという発想はない。まあ、我々の周囲にはこんなタイプの方が多々いますが…。(了)