第5回 球史最大の遺恨試合(5)(菅谷 齊=共同通信)

ロッテと太平洋の首位争いは、惜敗した太平洋ファンが八つ当たり状態で荒れ狂った。真っ暗な平和台球場はどんな状況だったのか

▽1点差敗戦で荒れ狂う太平洋ファン

スコア4-3。
 1点差の勝利と敗戦は、喜びと悔しさの差が点差をはるかに超えて大きい。勝ったロッテは喜び倍加、敗れた太平洋は悔しさ倍加である。
 優勝争いから一歩後退の太平洋は、ガクンときた。
 「うーん…」
 稲尾監督の口が重たかった。現役時代、エースとして何度も1点差で勝っている。おそらく負けたことなど覚えていないのではないか、と思うくらい僅差の勝負を制していた男が困っているのだった。
 勝ったロッテの金田監督はコメントどころではなかった。
 どういう状況だったかというと、ゲームセットになったというのに、守っていた選手がベンチに戻れなくなっていた。スタンドからビンやカンなどが投げ込まれ、危険な状況にあったからだ。
 ロッテのベンチは三塁側だったが、ベンチ上に陣取った観客はほとんどが太平洋ファンで、敗戦の八つ当たりなのだろう、なんでも投げ入れた。
 「三塁を守っていた有藤は狙い撃ちされていた」
 球団関係者がこう証言している。
 三塁手の有藤が目と鼻の先の三塁側ベンチに戻れないのだから、投げ入れのすごさが分かる。有藤は試合終了と同時にベンチに向かったのだが、あまりのひどさに投手マウンドまで避難したほどだった。
 そのほかの選手がベンチに戻れないのは当然で、ロッテの選手はマウンドで塊になって様子を見るより仕方なかった。

▽ビンに当たり、頭から血を噴き出すファン

一塁側のベンチ上から、なんと石を投げ込む観客もいた。
 「金田、出て来い」
 「東京へ帰れると思うな」
 怒声も半端ではなかった。東京から取材で出張した記者たちは、さすが九州のファンだ、荒っぽい-と変な感心をしたものだった。
 三塁側ベンチ裏のロッテ関係者はどう対処していいのか、真っ青な顔をしておろおろするばかりだった。
 ただ、太平洋の球団では、こんなこともあろうかと、警察関係とは事前に打ち合わせしていたようだった。
 球場には機動隊員が150人ほど待機しており、試合終了と同時にグラウンドやスタンドに行き、荒れるファンを制止した。しかし、ほとんど効き目がなかった。
 スタンド後方から投げたビンがグラウンドに届かず、前方のファンの頭などに当たり、血が噴き出ていた。数人がそんな目に遭っていた。もう野球場ではなかった。
 所轄の警察署から署長が駆け付けた。警察官も多数飛んできた。
 ナイター照明が消え、グラウンドは真っ暗になった。試合終了が午後9時過ぎ。試合に出ていた選手はベンチに引き上げたものの、それから1時間半ほど経ってもベンチ裏で待機する有様だった。
 球場の周りには1千人を超えるファン。ロッテの選手が出て来るのを待ち構えていた。1千人は球場のスタンドではわずかにしか見えないが、球場の出入り口付近だと、おそろしく大勢に見え、迫力がある。
 そして装甲車のお出ましとなる。(続)