「オリンピックと野球」(4)―(露久保孝一=産経)

◎王に打たれるな、突然現れた「王シフト」

▽世にも不思議な守備光景

第1回東京五輪の年のプロ野球は、巨人・王貞治が戦後初の三冠王獲得目前にして取り逃した年でもあった、と前回書いた。その王は、1964年、本塁打を量産するあまり、他チームから「王には打たれるな」という奇策により包囲された。
 5月3日、阪神戦で日本史上初の1試合4打席連続本塁打を放った2日後、王の前に奇妙な作戦が現れたのである。後楽園球場での巨人対広島戦ダブルヘッダーの第2試合。七回裏、打席に向かった王は目をぱちくりさせた。スタンドからも、仰天の声が交差する。
 「なんだ、広島の守備は? みんな右に寄った。センターラインから左には2人しかいないじゃないか」。それは、世にも不思議な光景だったのだ。

▽白石勝巳監督が編み出した安打封じ戦法

広島の守りは、一塁手を一塁線付近に、二塁手を一塁側へ近づけ、遊撃手は二塁ベースの後方、三塁手は遊撃手の守備位置へ、外野手は左翼手が左中間、中堅手が右中間に寄り、右翼手はさらにライン際へ近づく、という守備陣形である。
 これにより、三塁線はがら空きになる。そのリスクは考えられたが、それでも、広島は「王の打球は全部捕れる」という勝算からこの手に打って出た。
 指揮官は監督の白石勝巳だった。白石は、スコアラーに王の打球の方向を調べさせた。調査報告によれば、打球の7割はライト方向に飛ぶことが分かり、その対策として守備位置を右に集めればよい、と考案した。
 コーチ陣から、王が流し打ちしたらどうするか、というシフト反対論も出たが、白石は「一本足打法は絶対に引っ張ってくる」と王の打法を見極め、王のプライドも加味して、日本球界初の王シフトを決断した。
 結果はどうだったか? 王はシフトをあざ笑うかのように、野手の頭を越えて右中間に18号本塁打した。さらに2安打して(4打数3安打)完全にカープの奇策を粉砕した。
 しかし、その後はボディブローのように王にプレッシャーがかかり、このシーズンは、広島が浴びた本塁打は他5チームより少ない7本で済んだ。シフト成果があった。

▽バントヒットはファンを裏切ったようで・・・

王は、シフトをどう感じたか? 
白石監督の思惑通り、王シフトをされても意図して左方向へは狙わなかった。
 「私は流し打ちをしませんでした。狭くなった間を抜けていくような強い当たりを打ってやる、頭の上を越えてスタンドまで届けばいいんだろう、と逆に闘志を燃やしました。試合で一度、セーフティーバントをやって二塁打にしました(7月15日対広島)が、ファンを裏切ったようで釈然としませんでした」(サンケイスポーツ2014年5月16日) 
 ホームランにこだわり、ホームランでファンに感動を与え、観戦の感激をプレゼントしようと懸命に努めた王は、のちに「世界のホームラン王」にまで登りつめた。
 その過程にあった広島や中日など他チームの対抗策は、王に正々堂々と「野球の王道」を歩む士気を高揚させたことは確かであり、価値のある王シフト作戦だった、と私は思うのである。(続)