「評伝」野村克也-(露久保 孝一=産経)

「考える月見草」(10)
◎死んでもオレに語らせるのか?
2020年11月、日本シリーズはソフトバンクと巨人の間で戦われた。ソフトバンクが初戦から勝ち、チームの強さを印象付けた。その戦いぶりを受けてスポーツ新聞のなかに、こんな場面なら野村克也さんはどう解説するか、という記事があった。
ちょっと待った、野村さんはもう亡くなっているからそんなこと無理でしょう、と読者から声が出たという。新聞の編集部は、野村さんならシリーズで勝つためにこう戦う、と評論家時代の考える野球から推論して記事にするという意図だったようだ。
 その狙いは当り、読者の反響は高かったという。その記事に触れた私(露久保)は、「野村さんなら十分あり得る企画だな」と納得した。
 私が住んでいるのは横浜市中区である。近くの本牧に中図書館があり、時々、興味のある本を借りている。その図書館で最近、異変が起きた。スポーツコーナーに数多く並べられている野村の著書が、ごっそり姿を消したのである。
なぜか? 急に借りる人が増えたのだ。例えば『考える野球』『オレとON』などを含め7、8割が貸し出された。私が同年秋、『考える野球』を予約注文すると、「すでに5人が予約しています」と受け付けで言われた。21年になっても、図書館にある野村の全著書のうち3割くらいしか並んでいない。他の本は貸し出されて読まれているのである。
▽ドラフト1位投手も「参考にしたい」 
 野村は、それほどその野球理論、野球人生、指導方法などが野球ファンに支持され、多くの読者を生んでいる。ドラフト選手からは、ヤクルトに1位指名された慶応大の木澤尚文(きざわ・なおふみ)投手のように「野球に対する野村さんの考え方を参考にして」と名前をあげて意見を述べる選手が多くいるのも、野村の優れた理論が浸透している証である。
 野村は、評論家時代に出版社に対しこんなことを言ったことがある。「ワシに話を聞きたいといろんな出版社から話がくる。しかし、ワシはもう80を超えた男や。他の評論家に野球の話を聞いたらどうか」。とすると、出版社の編集者から「野球理論を語れる人は他にいないのです」と返事が返ってくる。出版社のリップサービスもあったはずだが、野村の考え、理論には他の評論家にない独自の鋭い目があったのも事実である。
▽猛勉強し頭を使って考える野球を
前回の連載記事「劣等生が優等生を追い越した」の続きになるが、野村は評論家活動においても「日本一」を目指した。「大学出の優等生監督でも考えられない野球理論を研究、開発しオレはそれで勝負する。劣等生ゆえに、猛勉強してやらないと優等生を追い抜くことはできない。知識を吸収するために多くのものを参考にし、いろんなデータを分析して評論に結びつける努力をしたんだ。頭をつかって、つかって…」
 私をにらむように、険しく言い放った。野球と同じく、評論家活動においても真剣そのものだった。 「死んでも野村か。空の上からいい野球を見させてもらうよ」 。そんな声が、天から降ってきそうである。(続)