「いつか来た記者道」(40)-(露久保 孝一=産経)

◎神様のいない寂しい戦い
 勝利へあと一歩の九回、お客さんの声援に背中を押されてリリーフに向かう。
「拍手でマウンドに迎え入れてくれるおかげで投げ切れた」(2020年、沢村賞を獲得した中日・大野雄大投手)
 スタンドを埋め尽くした観衆の前でプレーするのは、選手たちにとっては晴れの舞台であり、この上ない喜びである。まさに、「お客様は神様」なのだ。
 しかし、その神様のファンがスタンドから消えた。戻ってきても、客席には空白が目立つ。プロ野球を含めスポーツ界は、新型コロナウイルスによって無観客試合という未曽有の痛手を被った。
 プロ野球の観客数は、コロナ禍の前の19年に過去最高の2654万人を記録した。20年にコロナ感染が広まり開幕は3か月遅れる。リーグ戦が始まっても無観客で行われ、7月10日から各球場とも最大5000人までを上限とする試合となった。その結果、年間総観客数は482万、前年より2172万も減少した。
 21年になっても、度重なる緊急事態宣言発令により各試合の入場者は、制限あるいは無観客開催が続いた。8月の時点で、東京ドームでの巨人戦は観客数は最大で約2万1000人(収容人員の50%)、神宮でのヤクルト戦は1万4500人(同)だった。他球場も似たような状況であり、20年よりは全体でアップするものの、年間の総観客数は悲惨な結果になりそうだ。
▽小三治師匠「お客さんていいね」
 スタンドに観客がいない試合で、選手たちはどう感じるか?
 一般社会で国民が命を守るための自粛生活をしているのを選手は知っており、発言は控えている。しかし、大野投手の言葉に見られるように、心の中では「観客の前で緊張して、燃えてハッスルプレーをしたい」というのが選手の共通した気持ちである。
 落語家の十代目柳家小三治は、寄席でこう話した。
 「お客さんて、いいね。お客さんの顔を見て、お客さんに励まされて、気分が盛り上がる」
そう言いながら、客に呼びかけた。
「私への拍手を、いまコロナで頑張っている医療従事者全員に送りましょう」
それに応えて客席から大きな拍手が起こった。小三治師匠の言葉は、まさに野球選手の代弁でもある。
 東京オリンピック・パラリンピックもほとんどが無観客で開催された。
野球は日本代表の「侍ジャパン」が決勝でアメリカを2-0で破って金メダルをとった。試合が実施された横浜スタジアムにファンはいなかった。
宮城スタジアムでは、男女のサッカー予選10試合が制限付きながら観客を入れて行われた。この実施に反対の声もあったが、女子日本代表の「なでしこジャパン」は7月27日の試合後、「有観客という素晴らしい舞台を準備して下さり本当にありがとうございました!」というメッセージをスタジアム内のロッカールームのホワイトボードに書き残した。
彼女たちは勝利やチャンピオンへの目標に向かい、ひたむきに練習を積み重ね、その成果をファンの前で出し切りたいと望んでいたのである。その意志、希望はどのスポーツ選手でもまったく同じである。
▽入場減で球団経営ピンチ
 観客の入場制限で球団の入場料収入は、激減している。球団経営は危機的状況にある。プロ野球が変わってしまったら大変だ。そんな不安や恐れが出る厳しい社会にあるが、ファンは選手の熱いプレーをスタンドから直接見て応援したいのである。
コロナ感染が終息すれば、ファンが球場に集い、再び満員の観衆の球場になる。その華やかな舞台で選手たちは力投し、ホームランを打ち、盗塁をする。それが「正常な姿」なのである。神様と選手と球団が一体となった日の到来が待ち遠しい。(続)