元アナウンサー深澤弘さんを悼む(1)-(露久保 孝一=産 経)

▽大親友“ミスター長嶋”がショック
 プロ野球の名実況で知られた元ニッポン放送アナウンサーの深澤弘(ふかさわ・ひろし)さんが2021(令和3)年9月8日、腎不全のため死去した。85歳だった。葬儀・告別式は同月16日、近親者で営まれた。
深澤さんは、東京プロ野球記者OBクラブの理事としても活躍され、幅広い野球人との交流、経験を語り、記事も書いてクラブに大きな貢献を残した。
 深澤さんは、1936(昭和11)年1月2日、神奈川県川崎市で生まれた。東京・高輪高から早大を経て、58年に東北放送にアナウンサーとして入社。64年、ニッポン放送に移籍した。プロ野球のラジオ中継「ショウアップナイター」の開始時から実況を担当し、「ミスターショウアップナイター」「レジェンド」などの愛称で人気を博した。
柔和な人柄から、球界の監督や選手に親しまれ、巨人・長嶋茂雄終身名誉監督とはプライベートを含め親交を深めた。そのミスター長嶋の74年10月14日の現役引退試合を、ラジオで唯一、深澤アナが実況して最後の雄姿を情緒たっぷりに伝えた。
深澤さんの訃報は、9月8日に放送された「ショウアップナイタープレイボール」で、松本秀夫アナウンサーから知らされたが、長嶋さんからは弔辞が届き内容が読み上げられた。
 「私の現役時代から近くで見守ってくれ、公私共に支えてくれた取材者と選手を超えた親友でした。本当にショックです。ご冥福をお祈りいたします」
 同番組に緊急出演した評論家の江本孟紀さんは、深澤さんから受けた恩に感謝の言葉を述べた。
深澤さんは「ショウアップナイター」で実況アナとして1600試合以上を担当し、弁舌さわやかな話し方で魅了し続けた。野球だけでなく、ボクシングや中央競馬の実況も担当した。
▽記者OBクラブで豊富な経験談を披露
 深澤さんは、94年にニッポン放送を退社してフリーになった。2013年から東京プロ野球記者OBクラブに所属し、その後理事を務めて組織の発展に務めた。理事会では、現役時代に培ったプロ野球界における球団、試合での出来事や監督、選手のエピソードなど豊富な経験談を披露し、各理事から共感を得ていた。
 私(露久保)も、深澤さんからはフジサンケイグループの後輩として指導を受け、現場の取材では大変お世話になった。グランドを離れても、いろいろアドバイスを受けた。そんな「かけがえのない先輩」を忍び、11月から、私が深澤さんに直接呼びかけた「実況の鉄人」の評伝をシリーズで掲載いたします。(続)