「いつか来た記者道」(69)-(露久保孝一=産経)

◎受けたシンヤの「大岡裁き」TV70年と野球
 プロ野球の試合観戦を楽しませているテレビ放送は、2023年にプロ野球中継70年を迎えた。日本は昭和30年代前半、高度成長期に入り、プロ野球は西鉄ライオンズが強豪巨人を倒してファンを興奮させた。40年に入ると、川上監督の巨人が王貞治、長嶋茂雄のON砲を軸に日本シリーズ9連覇を成し遂げる。その激闘ドラマをファンに伝えたのは主に一般紙、スポーツ紙、ラジオだった。
 テレビは1953(昭和28)年8月23日、NHKが西宮球場での阪急対毎日のナイター戦を初めて中継した。同年8月29日に日本テレビが民放で初めて巨人―阪神戦(後楽園)を放送した。当時は白黒テレビで、視聴者は少なかった。1966年の日本シリーズからNHKがカラー放送を始める。この頃からテレビが急速に普及し、試合を映像で見られる醍醐味を武器に娯楽メディアの主役になっていく。
 テレビ局は試合中継だけでなく、スポーツコーナーを設けるようになった。NHKが「ニュースセンター9時」でスポーツコーナーをスタートさせ、その2年後の76年にフジテレビ系が「プロ野球ニュース」を登場させる(61年4月1日開始の「きょうのプロ野球から」が元祖)。番組のキャスターに就いたのは元プロ野球選手の佐々木信也さんで、平日を担当した。週末は元文化放送の土居まさるさんが務める。
▽全試合見せます「プロ野球ニュース」人気沸騰
 同番組は「スポーツニュースのワイド化」を狙い、当日のセ・パ全試合をすべて伝え、各試合の結果放送には通常の中継と同じく解説者を付けるなど画期的な構成にした。ファン層の要望を満たした多角的な内容は大受けし、人気がぐんと高まる。佐々木さんは、高橋ユニオンズや大毎などで内野手として活躍した「ハンサム男」で、さわやかな口調と選手の特徴をうまくとらえた解説はお茶の間の名声を高めた。
 スポーツ新聞は、試合における審判への抗議、作戦ミス、選手交代の疑問などの記事には「佐々木さんに聞いてみてばわかる!」と大岡裁きのような取り上げ方をして、面白く書いた。「プロ野球ニュース」の高視聴率は、球団にも影響し、春季キャンプ中にこんな出来事があった。大洋(現DeNA)の広報担当はチームの紹介放送時間を毎日、ストップウォッチで計った。
 「夕べの番組ではウチの紹介がヤクルトと比べ40秒も短かった。どうしてなのだ」とフジテレビのプロジューサーに抗議したことも数回ある。それほど、「プロ野球ニュース」は球界で注目される大きな存在だったのである。
 プロ野球は球団、監督・選手、野球機構、ファンが一体となって成り立っているといわれるが、その土俵をつくっているのはマスコミである。プロ野球歴史の中で新聞、通信、テレビ、ラジオの貢献度は高い。21世紀に入り、インターネット情報が多くなり発行部数が減っても新聞の信頼度は揺るぎない。テレビの方は、地上波で中継を復活させ、「プロ野球ニュース」級の「楽しくなければスポーツニュースじゃない」という愛される番組を作ってほしいものである。(続)