「野球とともにスポーツの内と外」(60)-(佐藤 彰雄=スポーツニッポン)

◎平常心について
 “ここ一番”の大勝負に臨むアスリートたちの多くが「平常心で…」という言葉を口にします。「練習通り。練習で出来ないことは本番でも出来ない。練習でしてきたことを信じるだけだ」と。大勝負に向けてはやる気持ちが起きないわけはありません。練習以上のことをしようとする気持ちにどうブレーキをかけて練習通りを貫くか。それが平常心ということなのでしょう。平常心なるつかみどころのないものは、つまるところ日頃の練習でしてきたことを信じる心ということが出来ます。
【平常心】=(特別な事態に臨んでも)普段通りに平静である心」(広辞苑)
 さて…プロ野球界ではこのこところ「得点圏打率」という部門が取り沙汰されています。得点圏にいる走者を打者はどれだけ還せたか。さまざまなことがすぐにデータ化されて成功・失敗が明らかになってしまう最近のプロ野球界。ポイントゲッターとなる主力打者は、気が休まる間もありません。
▽走者を還す心理
 MLBドジャースに加わり「2番DH」で頑張る大谷翔平投手(29)の得点圏打率が振るわず、報道陣に「何か変えたことはあるのか?」と聞かれてこう答えています。「変えないようにしたことが変えたことかな」。2番DHは走者がいれば還さなければならない役割が大きく、大谷と言えど、力んでしまう気持ちにどうブレーキをかけたものかと苦慮していたようです。
 それでもレギュラー選手であれば4打席のチャンスが与えられています。数字を重ねた得点圏打率どころではなく、たった1打席にすべての結果を求められる代打の選手はどんな気持ちで打席に向かうのでしょうか。
 代打と言えばすぐに名前が浮かぶのが元阪神の川藤幸三氏(74=現・野球解説者)でしょうか。「待ってました!」の声援で登場。この“浪速の春団治”は1980年代前半、代打の切り札となり、神サマ的なひと振りで打点を重ねました。代打で名を売った選手に阪神勢が多い理由は分かりませんが、元阪神の桧山進次郎氏(54=現・野球解説者)も2008年以降、代打の切り札としてチームに貢献しています。阪神にはもう一人、元監督を務めた真弓明信氏(54=現・野球解説者)がいます。1994年には代打で逆転満塁本塁打を放つなど、このシーズン「代打30打点」を記録しています。
▽代打陣の究極のひと振り
 元楽天初代監督の田尾安志氏(70=現・野球解説者)が、某紙に寄稿したコラムでこんなことを書いていました。
-代打にはレギュラー選手の4打席よりも大きな1打席がある。(略)1点を追う展開。一塁に同点の走者がいる。代打で送り出されたらどうするか。僕の基本的な考え方は「同点の適時打ではだめ。逆転打を打つ」ことだ-
 田尾氏はここで試合を引っくり返す本塁打を狙っているのですね。平常心を貫くか、練習以上のことをしようとするか、この判断は難しいことだと思いますが、田尾氏の言葉の裏には「そういう強い気持ちで打席に立たないことには良い結果が残せない」があるように思います。
それはまったくその通りで平常心にしても、後退するそれはあり得ず、前に進むそれでこそが良い結果を生むということでしょう。(了)