「プロ野球記者OB記者座談会」第5回

「悪質な反則行為」か「暴力沙汰」か「勝利魂の昂揚」か(2)完

◎スパイ行為とルール・・・乱闘のないプロ野球は?

「出席者」司会・露久保孝一(産経)高田実彦(東京中日スポーツ)菅谷齊(共同通信)真々田邦博(NHK)蛭間豊章(報知)山田収(報知)島田健(日本経済)田中勉(時事通信)西村欣也(朝日)岡田忠(朝日)荻野通久(日刊ゲンダイ)

▽双眼鏡で球種を見抜く隠密作戦

露久保 前回は乱闘事件について論じた。乱闘事件ではないが、戦いを有利に進めるために相手チームの戦力を探ろうして激しい動きがあった。スパイ行為といわれるものがそれだ。敵の投手の投げる球種を事前にキャッチしようと、いろんな手を使った。

菅谷 バックスクリーンから双眼鏡でキャッチャーのサインを見て、球種をとっさに判断し、旗を振って知らせたり、電波を送って自軍の打者に知らせたりした。チームによって、差はあった。

山田 南海、広島がさかんにやったといわれる。打者は球種がわかれば打てる。だから、それを察知するために、相手のサインをこっそり見るのぞき行為がおこなわれた。ただ、長嶋(茂雄)さんは、(球種を)教えてくれないでほしいと言った。事前に知らされて、それに惑わされたくなかったのだ。

岡田 南海は活発にやっていた。野村克也監督は熱心だった。

露久保 野村さんから現役最後の頃、何度か話を聞いたが、相手が何をやろうとしているのか、それを事前に読み取る作戦をいろいろ工夫して試したという。相手投手の投球のくせを見抜くのもそのひとつだった。野村の場合は、それがヤクルト監督になって「ID野球」に発展した。(ID野球はImportant dataの略で、データを駆使して科学的に野球を進めるという手段)。

岡田 サインを盗んで、それを電波で味方打者に知らせることもやった。南海の広瀬叔功(よしのり)は、ビビッと体に響くやり方で球種を教えてもらった。しかし、それで打てなくなったという。

山田 事前に教えてもらうことで戸惑う選手もいた。さっき言った長嶋以外に、王(貞治)さんも教えてもらうことを拒んだ。

田中 投手に乱数表も現われた。相手チームに、自分が投げる球種を見抜かれないようにと、スパイ行為対策としてやった。ヤクルト、西武の投手がやり、広岡達朗監督の指示でそうした。しかし、間違って別の乱数表をグラブにつけたという間抜けな投手もいた。宝の持ち腐れみたいなものだ。

菅谷 乱数表を使うほど、各チームとも勝負にこだわった。食うためのひとつの知恵である。 さ

▽怪しげな新ルールと安易なジャッジ

露久保 相手のサインを盗む行為には、ルール違反であるという規則はない。こうした行為は、規制しようがないのか。

岡田 これは乱闘事件とは違って、暴力行為ではないから規制しようがない。スパイまがいの行為は、倫理的な問題は確かにある。

真々田 倫理的な問題は、チームにはない。罪の意識も無い。勝つための作戦だということで、是認されていた。はっきりと目に見えない行為だから、現行犯逮捕とはいかないわけだ。

菅谷 ルールといえば、審判のジャッジはおかしくなっている。日米野球でもあったが、セカンドに滑り込みをすると、すぐダブルプレーをとる。

田中 危険行為対策として、大リーグから規制が始まった。頭を狙う行為は一番悪いということで2002年に、いわゆるビーンボールが禁止になった。その影響を受けて、日本のプロ野球はかなり変わってきた。

西村 危険行為は、死球が一番の問題だ。カーブの緩い球でも退場になる。アメリカにならってのことだ。大リーグからは、プレーにおけるビデオ判定が導入された。投手の敬遠四球の「申告敬遠制」も採用した。まったく、論外だ。審判の権威がどんどん低下している。

荻野 敬遠申告制は、いろいろ批判もある。日本のプロ野球界は、ファンの方を向いていない。

西村 いま、危険プレーやジャッジをめぐりいろんな問題が起きている。解決策は急がないといけない。ところが、球界首脳はプロ野球の将来について深く考えていないと思う。

島田 ジャッジに関するビデオ導入は、インフラがしっかりしていない。だから、6月22日のソフトバンク打者のホームランのビデオ判定で大きな誤審が出たりするのだ。(延長十回、中村晃が右翼ボール際へ大飛球。ファウルの判定だったが、ソフトバンクからのリクエスト要求でビデオ判定となり、本塁打に覆って「決勝2ラン」となった。試合後、オリックス側からの抗議で審判団が再度映像を見て確認したところ、ファウルと判断した。審判団は大誤審を認めたが試合は成立しており、本塁打はそのままとなった)

▽乱闘事件はあってもいい? ない方がいい?

露久保 危険投球、ビデオ判定、敬遠の申告制、コリジョン(衝突)ルールなど、規則と勝負の関係において、プロ野球界は多くの問題を抱えている。新しい規則が出来ても、チーム対チームの勝負がなくなることはあり得ない。その観点に立って、今回の座談会のテーマに戻りたい。乱闘事件をどうとらえるか、前回の第Ⅰ部からいろいろ意見が出ている。プロ野球の様相がかなり変わり、いまは「乱闘事件のないプロ野球」になっている。これを、どう見るか?

山田 乱闘のないプロ野球でいい。

蛭間 僕もそう考える。乱闘のない野球は、できると思う。

菅谷 乱闘事件があって、その余韻で次の試合を見に行きたいというファンはいる。

高田 若いカップルがプロ野球を見るようになった。アイドルに愛されるような野球になっても、いまの時代はしょうがないんじゃないか。暴力ではなく、スピードボールとかホームランとか、男のすごさを発揮すればいいんじゃないか。
西村 もみ合いになって、殴り合いになりそうになったら、自分のチームの選手が止めに入るような意識をもつことが必要ではないか。
真々田 乱闘にいたるまでの両軍のかけひきは、あってもいい。勝つために野球をしているのだから・・・。

荻野 乱闘事件はあってもいい。勝負に危険な行為はつきもの。そこに乱闘事件はあり、一概に否定すべきではないと考える。

田中 昔は、主力打者にぶつけろ、という行為は球界全体で黙認されていた。プロであるから、いわゆる「喧嘩野球」はファンも面白がって見つめた。それが野球の質の変化により、認められない時代になった。世相の反映で、乱闘事件は過去のものとなってしまったというところじゃないか。

菅谷 乱闘事件は、殴り合いはよくないにしても、野球は真剣勝負であり、たんたんとゲームをやったのでは面白くない。野球には、エキサイトな部分は欠かせない。

露久保 昭和時代のプロ野球は、強い個性をもった選手が激しい勝負魂でぶつかっていった。個人対個人の闘いの性質が強かった。現在は、チームワーク優先で怪我しないプレーが求められる集団対集団の競い合いになってきている。その意味で、乱闘事件は時代の変化を象徴するような現象であった。その良し悪しはともかく、懐かしい歴史ではある。

(選手名の所属チームは、当時の球団名。複数の球団に所属した場合は、最も活躍した時代の所属とした。敬称略)