第9回 「川上イズムが浸透した巨人の春季宮崎キャンプ」

▽「一番いい時間帯」にチームプレーを

このキャンプ・スケジュールのなかの「練習の中身と順番」が、川上巨人の2年目から大きく変わった。新たに「チームプレー」「フォーメイション」の練習が加わって、しかもこの2種目が「打撃練習」より重要視されたのだ。
 いうまでもなく川上監督が招き入れた牧野茂コーチによる「ドジャースの野球」の守備練習である。
 それまでのキャンプ練習は、ランニング、キャッチボール、主力のフリーバッティング。それが終わって昼食。午後から準レギュラーの打撃、そして終わりごろに守備ノックだった。この順番が大きく変わったのだ。
 朝のランニングのあとキャッチボールするのは同じだったが、そのあとに従来の「打撃練習」の代わりに、「守備ノック」といわれていた「チームプレー」がでーんと置かれたのだ。
 その理由を牧野さんはこういっている。
 「監督に進言してそうしてもらったのだよ。午前中の、一番いい時間帯に一番重要なことをやるため、だよ。ドジャース戦法の守備フォーメイションはみんなはじめてやるわけだし、一番重要な練習なのだから、まだ疲れていない時間で、一番温かい時間で、スタンドにお客さんが一番いっぱいいる時間にやることにしたのさ。一番いい時間にやることで、これは大事な練習なのだな、と選手に肌で感じてもらうためだよ」
 この練習は投手も参加する全体練習である。チーム全体の守備力を高め、投手野手が一緒に連係プレーをすることによって、チームの結束を図ることができるというわけである。
 いまではどの球団でもこの時間に「守備練習」を行っている。
 この練習を見るのは実に楽しい。なんといっても投手を含めた選手全員が見られて、打つ姿はもちろん、ゴロを捕るグラブさばき、送球の力、ボールを追う走力、送球のコントロール、走塁のうまさや速さ。1つのボールを追って鮮やかで幾何学的な動きがスピーディーに展開されるのだ。
 ときにはコーチの叱責(しっせき)が聞こえ、選手同士の掛け声が聞こえ、打球音以外のさまざまな音が球場内に響き渡るのだ。試合前のシートノックを濃厚に繰り返してくれているようなものなのだから野球ファンにとってはこたえられない。
 この全体練習が終わってから投手はブルペンへ、二軍選手は別のグラウンドへ移っていくのだ。

▽なぜ昼食は有料だったのか

いまは「昼食時間」を設けている球団はほとんどないようだ。昔は、どの球団も一斉に練習を中止して昼食だった。
 巨人の場合は、馴染みの宮崎市内の料理店主が、鍋釜などすべてを球場食堂の中に持ち込んできて、けっこう豪華な食事、たとえばかつ丼、てんぷら、焼きそば、煮物、おしんこなど至れり尽くせりだった。それを食堂で食べていたものだった。
 しかしいまの巨人に「昼食時間」という文字はない。各自が練習の合間に、ちょっと食堂へ寄ってとっているが、その食べる内容は往時と比べるべくもない。やはり馴染みの同じ料理店が出向いてつくっているサンドイッチをつまむくらいである。馴染みの食堂の一番のお客さんはマスコミ関係者で、毎日ざっと300人から500人。日替わりランチ、カレーライス、焼きそば、うどん、そばなどをかき込んでいる。
 「昼食時間」がなくなったのは、75年初期に西武監督になった広岡達朗監督の影響である。
 広岡監督は当時「自然食」を唱えて、食事について一家言を持っていた。その延長線上で、「スポーツマンが練習の真っ最中に腹いっぱい食べるのは間違っている! 」と従来の昼食を「暴食」といい、キャンプの昼食をサンドイッチ2つくらいの軽いものにした。
 これが各球団に広がったのだった。
 球団の中には、マスコミ用に弁当をタダで用意してくれるところと、300円程度で食べられるようにしてくれる球団とがある。巨人は有料だった。1日に200人も300人も押しかけるのだから、タダではたまったものではないだろう。(了)