「100年の道のり」(27)-プロ野球の歴史(菅谷 齊=共同通信)
◎大リーグから狙われた沢村
2万784㌔。東京ジャイアンツは米国武者修行で移動に移動を重ねた。夜行列車にバス。現代では想像もできないハードスケジュールだった。この間、文化の違いも学んだ。
その代表的なエピソードが沢村ケースである。
「ハーイ、スクールボーイ! サインしてくれないか」
沢村は差し出された紙にサインをした。外野で練習しているときのことだった。
鈴木惣太郎によれば、6月11日の一件である。
「沢村を連れに来た。渡してくれ」
その白人の男は一枚の紙を見せながらそう言ってきた。見ると、それは雇用契約書だった。
「君はだれだ?」
「カージナルスのスカウトだ」
確かに、沢村のサインがある。本人に確かめたところ、サインをした、という。
「だけど、契約書とは思わなかった。ファンにサインをしたつもりだった」
英語の分からない沢村、と承知で仕掛けられたのである。スカウトにすれば、沢村の実力を高く評価したからで、ホープゆえの出来事だった。
試合の相手が大リーグのレッドソックスだったことが幸いした。鈴木がそこのフロントに経過を説明し、スカウトに契約破棄を説得、事なきを得た。決裂すれば、沢村はチームを離れることになった。日本人初の大リーガーになったかもしれないのである。
「もう日本に帰れないと思った。怖い思いだった」
沢村の述懐である。契約の怖さ-沢村をはじめ日本選手はそれを知ることになった。
もう一つ驚いたことがあった。大リーグの公式戦で初めてナイターが行われたからである。遠征の真っ最中だった5月下旬、シンシナチのレッズ-フィリーズ戦で、新しい時代に入った。エジソンの電球発明からである。(続)