◎絵になる空振り―(菅谷 齊=共同通信)

「規格外」の前評判は本当だった。阪神のルーキー佐藤輝明クンの場外ホームラン(横浜球場)はその代表的な証明だろう。
 それ以上に、すごい若者、と見たのは空振りである。ストライクゾーンに来ると、初球からでも振っていき、フルスイングの空振りをする。ときにはバットとボールが10㌢も離れている。
 “絵になる空振り”が帰ってきた、と思った。昭和の時代には、そんな打者が多くいたな、と。
 代表的な打者は巨人の長嶋茂雄だろう。フルスイングして空振りすると、ヘルメットが吹っ飛んだ。そのヘルメットはベルベットで覆われており、優雅な空振りでもあった。ファンは、やんやの拍手、を送った、というより贈った。
「入場料に見合う空振り」だからである。
 長嶋がデビューしたころ、巨人の4番を打っていたエンディ宮本敏男は、それこそ空振りで人気を得た。空振りをすると、ニコッと笑う。ハンサムボーイの笑顔が受けた。
 このハワイから来た日系二世は打点王2度。勝負強かった。日本シリーズ史に残る一打があった。1961年の南海との第4戦(後楽園)。2-3で迎えた巨人の9回裏二死満塁。ここで放った右翼線逆転サヨナラ安打である。
決勝打の前の1球、南海のジョー・スタンカの勝負球は外角低めに。円城寺満主審は「ボール」。捕手の野村克也と抗議したが判定はそのまま。次球の外角球を打たれたのだが、本塁のバックアップに入ったスタンカは主審に体当たり。試合後は審判室に抗議するなど大騒ぎとなった事件だったが、ヒーローは宮本で、彼の一打が効いて川上哲治は監督1年目で日本一になった。
 南海の悔しさを詠んで「円城寺 あれがボールか 秋の空」(読み人知らず)。無常の一句として裏面史にある。
 広島の衣笠祥雄も豪快な空振りが受けた。三振しても胸を張ってベンチに戻って来る姿にファンは、お釣りをやってもいい空振り、と。
 佐藤輝はそんな昭和の雰囲気を持っている。空振りをしても表情を変えないし、反省しているかと思うと、次球も派手に空振りする。オールドファンは、それがいい、と言う。当初、1割台だった打率も大分上昇してきた。
 日本では時差の関係で、午前中に大谷翔平の、夜に佐藤輝のホームランを見ることができる。同じペースで本塁打を重ねているのに注目してほしい。飛距離では大谷、空振りの迫力は佐藤輝-といったところである。(了)