「野球とともにスポーツの内と外」(42)-(佐藤 彰雄=スポーツニッポン)

◎去り行くアスリートたちへのエール
 ひとつの時代があり、しかし、それは永遠ではなく、故事に言う「栄枯盛衰」が常でしょう。例えば4年に1度のオリンピック終了時、例えばプロ野球のシーズン終了時、スポーツ各界のベテラン勢は“進退”という難しいテーマに取り組みます。
 友人との雑談。「人柄なんだろうねェ。すべてに淡々と…素晴らしい辞め方だったよな」。スピードスケート女子の小平奈緒(36=相沢病院)についてです。今年(2022年)4月に現役引退を発表。最後のレースとなった10月の「スピードスケート全日本距離別選手権」(長野市エムウェーブ)。第2日(10月22日)の女子500メートルに登場した小平は“最速女王”の名にふさわしい滑りで優勝、有終の美を飾りました。
 その後、テレビ朝日系の「報道ステーション」でスポーツキャスターの松岡修造氏が行ったインタビュー(10月24日放送)で小平は印象的な言葉を口にします。現役生活を聞かれ小平が答えます。
▽メダルより大事な人とのつながり
 「私にとって一番大事なものは“人”です。これからも。金メダルといっても“モノ”だし、記録といってもいつかは破られるものでしょう」
 それより、支えてくれる人、応援してくれる人、会場に来てくれる人…「人とのつながり」が「金メダル以上に価値がある」としたのでした。
思い出すのは2018年平昌冬季五輪でのあの光景でしょうか。女子500メートルの日韓頂上決戦。国を背負った李相花(イ・サンファ)が小平に敗れ落涙。優勝した小平が駆け寄り、抱きかかえながらウィニングランをするシーンです。小平にとって「金」は二の次。それより「人への想いといたわり」。
小平というトップアスリートが持つ“底力”を知らされた思いでした。
 “底力”というならプロ野球ヤクルト・嶋基宏捕手(37)でしょう。ヤクルトはレギュラーシーズン終了後、この嶋を初めとして内川聖一(40)、坂口智隆(38)ら名選手の引退を発表しました。
▽弱者に勇気と力を~スポーツの底力
 引き際の決断は、体力の限界、気力の衰え、後進の台頭…などがモノサシとなりますが、かつてヒットメーカーの名を欲しいままにした内川は、若きスラッガー・村上宗隆(22)の活躍に接し「第一戦ではもう厳しいと感じた」と引退の理由を語っています。
 嶋が現役時代に残したものは球史に残る名スピーチでした。
「見せましょう、野球の底力を。見せましょう、野球選手の底力を。見せましょう、野球ファンの底力を」-。
東日本大震災に見舞われた2011年3月11日の激震。当時、楽天の嶋は同年4月、札幌ドームでの復興支援の慈善試合でこう訴えました。そして本拠地の仙台に戻り「東北の皆さん、絶対に乗り越えましょう。絶対に勝ち抜きましょう。絶対に見せましょう、東北の底力を」-。
 人々はスポーツに何を求めるのでしょうか。入院した知人が毎朝、売店でスポーツ紙を買い、好きな球団の活躍に「励まされた」という声を聞きました。弱ったものに力を与え、勇気を与え、それがスポーツの底力であり、アスリートたちの底力でもあるのでしょう。現役を退いた勇者たちには心からお疲れ様の言葉を贈りたいですね。(了)