「大リーグ ヨコから目線」-(荻野通久=日刊ゲンダイ)
◎侍ジャパン稲葉監督の“忘れ物”
▽夢破れたメジャー挑戦
先月行われた野球のプレミア12で日本代表の侍ジャパンが優勝した。日本の国際大会での優勝は2009年のWBC以来のことだ。
その侍ジャパンを率いるのが稲葉篤紀監督だ。稲葉監督はヤクルト在籍時の04年のシーズンオフ、FA宣言してメジャーに挑戦しようとしたのはよく知られている。
正月も返上して、アメリカ・カルフォルニア州で自主トレ。米国人トレーナーも雇って体作りにも励んだ。年末の26日にはトレーニングをメジャー関係者に公開。
「最低年俸でも構わない。ポジションもチームもこだわらない」
と語り、朗報を待った。
古巣ヤクルトは、
「12月25日までに残留を決めれば2年契約年俸で1億円。それを過ぎても1月19日までに決めれば1年契約で年俸7800万円」
との条件を提示したが、稲葉は1月19日に、
「メジャーにこだわりたい。これ以上、待たせたら球団に迷惑がかかる」
とヤクルトに退団を申し入れた。
当初は「5球団が関心」などの報道もあった。藪(現評論家・阪神からアスレチックス)、井口(現ロッテ監督・ダイエーからホワイトソックス)らが、メジャー移籍を勝ち取る中、稲葉には、結局、正式なオファーはなかった。
そんな稲葉に、
「メジャー入りが完全にダメになるまでいつまでも待つ」
と救いの手を差し延べたのは日本ハムだった。そして稲葉はメジャーを断念、05年から日本ハムのユニホームを着ることになる。
▽プロ1年目から変わらぬ姿勢
当時、日本ハムのGMだった高田繁氏(前DeNAのGM)に稲葉取りについて、かつてこんな話を聞いた。
「稲葉は野球に取り組む姿勢が真面目で、何ごとにも手を抜かない。それが素晴らしいし、チームの若手のお手本になる選手」
稲葉といえば全力疾走が代名詞。試合中、ベンチから外野の守備位置に行くのも、ベンチに戻るのも全力で走る。実はこれ、ヤクルト入団の1年目にフロント幹部から言われたことを忠実に守ったからという。
「試合中、攻守交代で緊張した状態でベンチと守備位置を全力疾走すると、太ももが強くなり、パワーアップする。ベンチからの行き帰りはダッシュしろ!」
引退するまでただ一人、それを実行したのが稲葉。高田GMはそうした姿勢をよく見ていたのであろう。日本ハムはチームの方針としてFA選手を取らない。これまで14人(18人の阪神に次ぐ多さ)をFAで放出しているが、FAで入れた他球団の選手は稲葉一人だ。
日本ハムでの稲葉の年俸はヤクルトの提示額より低かったそうだが、稲葉は主軸として活躍、4度のリーグ優勝に貢献した。
稲葉監督の侍ジャパンはプレミア12では初優勝したが、3-4で唯一負けたのが米国。試合直前に米国の予告先発の投手がアクシデントで交代。「突然で驚いた。打線も組み替えた」(稲葉監督)という不運もあったが、負けは負けだ。
その米国はプレミア12では来年の2020東京五輪の出場枠を獲得できず、ワールド予選に回った。稲葉監督としては自分を評価しなかった米国に敗れての優勝は画龍点睛を欠くものではなかったか。東京五輪はその忘れ物を取りに行く戦いにもなる。もちろん、米国が五輪出場を決めたら話だが…。(了)