◎ミスターの自主トレ

プロ野球選手にとって12月のオフはもっとも自由なときである。それまでの管理から解放され、家族サービス、友人知己との食事会、ゴルフに、海外旅行…と。
 それもアッという間に年が明けて1月になると、自主トレーニングを始める。2月のキャンプに備えるためで、今はその初日から本格的練習に入るから、中途半端なコンディションでは後れをとってしまう。ケガにもつながり、シーズンを棒に振ることもしばしば。
 自主トレで思い出深いのはミスターこと長嶋茂雄である。現役時代は毎年のように箱根などで1年のスタートを切る。トレパン姿で富士山をバックにした 写真がスポーツ紙の一面にデカデカと載ったものだった。
 ある年、伊豆・修善寺のホテルに泊まりこんだ。敷地の中の一戸建ての離れに生活道具を持ち込んでのコンディション作りである。
 同行したのは整体師。前年の不振を挽回するため、体の全面調整が目的だった。この整体師は400勝投手となる金田正一の専属の方で、いわば東洋医学の専門家。
 長嶋は朝6時過ぎに起きると、山を下ったところにある学校のグラウンドとの往復をランニング。戻ると風呂に。それから朝食、そして整体というのがルーティンになっていたと記憶する。午後は昼寝。そして読書、と続く。
 整体師によると「右足の古傷(打撲の跡)が完治していなかった。それが影響して三塁線のゴロが捕れなくなっていた。打撲傷は最後まで治療しておかないと後に響く。治療したから大丈夫」
 それから10か月後、長嶋は首位打者を取った。右側の動きも戻り、ファインプレーを見せた。あのオーバーなスローイングがよみがえった。
 今は長嶋のような“絵になる自主トレ”をする選手が見当たらない。団体で温泉に合宿する話はよく聞く。1月は野球のスタートなんだ、と長嶋は教えてくれた。まさにミスタープロ野球だった。(菅谷 齊=共同通信)