「大リーグ ヨコから目線」(42)-(荻野 通久=日刊ゲンダイ)

◎日米、選手・監督取材考
▽監督室に記者招く
6月のテニスの全仏オープンで大坂なおみが「選手の精神状態を無視している」と試合後の記者会見拒否を表明。その後、「2018年の全米オープンからうつ病になった」と明らかにして大きな話題になった。
プロスポーツでは勝ち負けに関わらず、試合後の取材に応じるのが当然のことと思われている。テニスのように選手に義務化している競技もある。
私の経験ではメジャーの取材で試合後、会見を拒否されたことはない。選手は試合後、勝っても負けてもロッカーで取材を受ける。ゲームセットのあと、ある程度時間をおいて広報担当が取材を許可する。報道陣はお目当ての選手のロッカーに行く。
試合の勝敗や自らの活躍の如何によって、口の重い選手、よく話す選手と様々だが、誰にでも話を聞くことはできる。オールスターゲームは一般の取材証の他に、「CLUBHOUSE」と書かれた取材証を持つ記者だけがロッカールームに入ることが許可される。それは報道陣が多過ぎるためで例外だろう。
松井秀喜がヤンキースに在籍していたときだ。ロッカーで選手取材が終わった記者が続々、ジョー・トーレ監督の部屋の前に集まりだした。おもむろに監督室の部屋が開くと、監督が記者を部屋に招き入れた。私も加わった。
負け試合だったが、トーレ監督はプレスの厳しい(ように聞こえた)質問にひとつひとつ丁寧に答えていた。選手の取材とダブらない配慮もしていたのだと思う。
ニューヨークのメディアは時には容赦のない批判も辞さない。それでも球団がメディアとは共存共栄の関係と認識しているのだと思う。
▽「試合後取材」の契約書
それで思い出したことがある。藤田元司監督が2度目に巨人を指揮したときだ(1989年~1992年)。今はどのチームの監督も勝ち敗けに関わらず、試合後の取材に応じているようだが、かつてはそうではなかった。
不甲斐ない試合で負けた時は「話すことなんかない!」のひと言だけ。無言で監督室に入ってしまう指揮官も少なくなかった。「瞬間湯沸かし器」のあだ名があった藤田監督も例外ではなかった。そのため広報担当は報道陣から突き上げられ、またファンサービスの点からも決して褒められたことではなかった。
ある時、親しくしていた巨人のフロント幹部にこう打ち明けられた。 「新しく監督になる人には契約書に、試合後の記者会見に必ず応じる、との一文を入れようと検討している」
 いいアイデアとは思ったが、試合に負けてカッカしている監督はそんな契約は忘れてしまうはずだ。絵に描いた餅だろうと思ったが、その後、どうなったのか、フロント幹部から話はなかった。(了)