◎姿を消しつつある名勝負-(菅谷 齊=共同通信)

10年ほど前、大物選手にこう言ったことがある。
 「近ごろは名勝負が少なくなった。ここ一番でのエースvs3、4番打者の対戦をほとんど見ることがなくなった」
 「試合の終盤、もっとも盛り上がる場面で、チャンスに3番、あるいは4番打者が打席にたっているのに、マウンドの投手は先発のエースではなく2、3人目のリリーフがいる。まるで絵にならない」
 そんな内容だった。反応は寂しい内容だった。
 「分かっている。今はどのチームも勝つためにそういう戦いをする。監督は負けたら責任問題だからそうせざるをえないんだ」
 かつて長嶋茂雄-村山実、王貞治-江夏豊、清原和博-野茂英雄、江川卓-掛布雅之などファンがわくわくするシーンが満載だった。勝ち負けとは別の戦いがあった。のちに名勝負と語り伝えられるのは、個人勝負が圧倒的に多い。
野球はチームスポーツだからチームの勝利が最優先なのは分かるが、観客から入場料を取っているプロ野球である以上、個人の戦いは必要である。
 王が日本シリーズで阪急の先発、山田久志が9回裏に逆転サヨナラ3ランを打たれた歴史的な試合があった。後年、山田はこう言っている。
 「王さんはあの後、君があれから立派な成績を残したから名勝負として言われるんだ。そうじゃなかったら、そんな試合もあったな、という程度だよ、と言ってくれた。いい話だし、後輩選手に聞かせたい話だな」
 名勝負が消えつつあるのは、球界を代表する投手が毎年のように大リーグに行ってしまうことが大きいと思う。野茂を皮切りに、松坂大輔、上原浩治、ダルビッシュ有、伊良部秀樹、前田健太、黒田博樹ら。彼らがいたならば、主力打者たちはもっと強力になっただろうし、エースとの対戦は迫力のある対決になったに違いない。
 大谷翔平が日本でプレーしていたら、2021年の日本球界はどんな騒ぎになっていただろうか、と想像することがある。王の868本塁打に挑戦する打者が現れた、と見ていたから大きな楽しみだったと思う。
 打ち、抑え、そうして一流への道に上り詰めていく。エースと主力打者の戦いが極めて少なくなった今日、将来の人気維持に不安を覚えるのである。(了)