「いつか来た記者道」(49) - (露久保孝一=産経)

 ◎手ごわい敵と酷暑に負けず
 日本列島の夏は、地球温暖化もあって、年々暑さが厳しくなっている。気象庁によると、2021年は最高気温が40.6度まで上がった。8月8日に岐阜県多治見市で記された。観測史上の最高気温は41.1度で、埼玉県熊谷市(18年7月23日)と静岡県浜松市(20年8月17日)で記録された。仮にそんな猛暑、熱波のなかで野球をおこなえばどうなるか? ぞっとするような話である。
 高校野球の地区大会は6月から7月まで行われ、炎天下で球児が激しいプレーを繰り広げる。連日取り組んできた練習の成果を出そうと、暑さをものともせずに全力でぶつかっていく。とはいえ、気温が30度を超え、猛暑日の35度かそれ以上になると、体力の消耗は激しく熱中症にかかる危険度も増す。戦う「敵」は、対戦相手だけではなく、猛暑でもあるのだ。

 ▽夏の甲子園、熱中症対策で全席指定席に

 22年8月6日開幕する夏の甲子園高校野球大会は、暑さと新型コロナウイルス感染症への対策がとられて実施される。これは、入場を全部指定席にして、入場時における混雑、過密化を防ぎ熱中症と感染症の予防を図る狙いである。料金は改定され、中央指定席が2800→4200円、新しく指定となる外野席は大人500→1000円、子ども100→500円となる。
 実は、暑さ対策は21世紀に始まったことではない。140年以上も前の小学校教科書に、暑いなかのでのボール遊びにはご注意、という記述があったのである。明治維新後、政府は西洋の文化を取り入れるために、欧米の教科書を原著として日本の生活、風習を描いた翻訳教科書を出版した。明治6(1873)年発行の日本最初の国語教科書「小学読本」がそれで、そのなかにボール遊びをしている少年の姿の挿絵と説明文があった。バットを持つ子どもが3人、ボールが2個飛んでいて野球らしき姿になっている。説明文にはこんな文章がある。
 「此(こ)は善き遊なれども、熱き日々は早くこれを止めよ。酷(きび)しき熱さに触るときは、身を害(そこな)ふを以(もっ)てなり」
 つまり、「これはよい遊びだが、暑い日には早く止めよ。厳しい暑さの下で行うと、体を壊してしまうからである」という意味である。「小学読本」には野球という言葉は出てこないが、ボール、バット遊びは楽しく、あちこちで子どもたちの間で行われていたという。そこで、暑い日の遊びにはご用心という説明文をつけたのだと推測される。
 現代でいえば、熱中症対策にもあたるこの明治時代の教科書の記述には、歴史の連続性を感じざるを得ない。地球温暖化で平成、令和時代の温度計は明治時代よりもはるかに高くなっていると察せられるが、ボールとバットでプレーする楽しみは同じであり、その「善き遊び」を暑さに注意しながら大いに行いましょう、というスポーツはいつの時代でも大切な文化、精神なのである。(続)