「野球とともにスポーツの内と外」(41)-(佐藤 彰雄=スポーツニッポン)

◎「56号」への憂鬱
 ヤクルトがリーグ連覇を成し遂げた日(9月25日=対DeNA戦)、22歳の若きスラッガー・村上宗隆内野手は、胸中深く何を思ったことでしょうか。もちろん最優先すべきはフォア・ザ・チーム。優勝に向けて頼れる主砲は縦横無尽に働き、多大な貢献は誰もが認め、称賛するところです。それだけにその日、歓喜に花を添えたかった一撃。それが出せなかった悔しさを本人に代わって観(み)る側が地団太を踏んでしまうのです。
 人の心とは不思議なものです。9月13日に王貞治氏(巨人=現ソフトバンク会長)が持つ日本人選手シーズン最多タイとなる55号本塁打を放ってから、この原稿を書いている9月27日午前現在、9試合40打席ノーアーチ。5打席連発などまるでピンポン球のように白球をスタンドに放り込んでいた勢いが突然、ウソのようになくなってしまいました。新記録に向かう、これまでとは違う緊張感、打ちたいという気持ちが技術面に微妙なズレを生んでいる、など専門家の分析は様々ですが、つまるところプレッシャーによって平常心が失われているということなのでしょう。
▽取り戻したい平常心
 スポーツ心理学者でメンタルトレーナーの田中ウルヴェ京(みやこ)氏が以前、五輪に向かう選手のメンタルについて興味深い文章を記述していました。要点を抜粋すると-。
 〈どんな競技のメンタル指導でも必ず行う「4要素のメンタル仕分け」があります。「筋細胞を痛めつけ肉体の限界に挑戦するためのフィジカル(身体的)メンタル」「失敗を一瞬で忘れ問題解決のみに集中できる逆境対処能力としてのタクティカル(戦略的)メンタル」「冷静に技を練習通りに発揮するためのテクニカル(技術的)メンタル」「選手として自分はどうありたいかというような自己認識能力を高めていくスピリチュアル(哲学的)メンタル」です〉
 村上の現状を見るとき、主に該当するのは「戦略的」及び「技術的」メンタルでしょうね。
▽頑張る必要はない
 では「平常心」を生む“いつも通りシンプルに”はどうでしょうか。田中氏は「それさえできればすべてはついてくると言い切れるくらい重要な要素です」と指摘しています。つまりは、この期に及んで、練習以上のことなどできない、という、ある意味“開き直り”あるいは“頑張らない”こと(もう既に頑張り尽くしているのです)が、いつもの普段着の自分を取り戻すことになるのです。(了)