「いつか来た記者道」(61)-(露久保孝一=産経)
◎小太り大打者が盗塁ナンバー・ワン
「ホームランバッター+俊足」といえば、多くの人は、相反する能力と思うはず。王貞治、野村克也、門田博光、清原和博らはホームラン打者ではあったが、タイプ的には「鈍足」のプレーヤーだった。
ところが、ホームラン王で俊足の大物打者がいた。あの栄光の西鉄ライオンズの中心バッター、中西太である。豪快なホームランを放ち、稲尾和久、豊田泰光らとともに史上最強ともいわれる西鉄黄金時代を築いた。2023年5月11日に、90歳で逝去された。ここに、生前の多大なる功績に尊敬の意を表し、心よりご冥福をお祈り申し上げる次第である。
▽中西太はトリプルスリーの盗塁王
「内野手の頭を越えた打球が低いライナーでそのまま場外ホームランになった」という有名な伝説は、語り継がれている。その場面を目撃した男がいる。元産経新聞記者だったKである。1953(昭和28)年8月29日、小学生だったKは福岡・平和台球場の外野席で観戦した。
中西がバットを一閃する。「ショートライナーかと思ったら、打球はグーンと舞い上がってバックスクリーンを越えていった。あんなすごいホームランは、その後二度とお目にかからなかった」。Kは、長い野球記者生活で、この話をことあるごとに披露した。
それほどすさまじい打撃の持ち主だが、私が書くのは「バット」ではなく「足」である。中西は現役引退後、ヤクルトのヘッドコーチだった83年、仲の良いラジオアナウンサーにこう洩らした。「俺の記録を破る選手がなかなか出てこんのや」。アナは、首位打者2回、本塁打王5回、打点王3回をとった打撃のことかと思ったら、さにあらず。「足の話だよ」とニヤリ。中西が言いたかったのは、53年の打率.314, 本塁打36、盗塁36の「トリプルスリー」達成における盗塁数だった。
▽早く俺の記録を破ってくれ
トリプルスリーは、2018(平成30)年のヤクルト・山田哲人まで10人出ているが(山田は3度、他は1度)、盗塁数は中西の36が最多なのである。次に盗塁数が多いのは阪急の蓑田浩二で35、山田は34が一番多く誰一人として中西には及ばない。したがって、いまなお(22年まで)中西がトリプルスリーの盗塁数ナンバー・ワンに君臨しているのである。
身長が174センチ、体重は93キロの「あんこ型」を思うと、快足とは奇妙な物語である。しかし、巨体を揺すっての走塁は、スピードに迫力が加わっての弾丸突進だったという。プロ入団してから6年連続二桁盗塁、通算で143個も成功している。「こう見えても、若いころは結構速かったんや」。高校時代は甲子園で放った2本の本塁打はともにランニングホームラン、プロ初本塁打もランニングホームランであった。
大リーグ・エンジェルスの大谷翔平は23年も好調、ホームランを量産し盗塁も多い。ベーブ・ルースだけでなく、中西の盗塁数をも追う?
昭和の「怪童」中西は、早く俺の記録を破る偉大なるバッターよ現れてくれ、と天から野球を眺めているに違いない。「それ打て、走れ!」との激励の声が聞こえてきそうだ。〈続〉