「いつか来た記者道」(64)-(露久保孝一=産経)

◎「アレ」よさようなら、「コイ」よ来い
 9月に入っても猛暑が続いた日本列島で、阪神が2023年のセ・リーグ覇者となり、「六甲おろし」の熱い歌声が街に港にこだました。
そんな中、王座は逃しても意気軒昂だったのが広島である。Bクラスの下馬評を覆し上位に躍進したカープのファンは、「力をつけた。来年はいける。それに、日本とイギリスの首相からの応援も心強い。勝利へのムードは高まっている」と鼻息が荒い。ファンは、どこに手ごたえを感じ取っているのか?
 まず、2人の首相とは岸田文雄氏とイギリスのスナク氏である。23年5月、先進7カ国会議(G7広島サミット)が開催され、スナク氏も出席した。スナク氏は広島滞在中、岸田氏と会食した。G7参加首脳で岸田氏が夕食を共にしたのはスナク氏のみである。スナク氏は、カープを模した赤い靴下をはいて現れ、報道陣の前で岸田氏に靴下を見せ、笑みを浮かべた。スナク氏は、日本の首相がファンであるカープの靴下を履いて、ホストに敬意を表したのである。
▽赤い靴下履いた英首相は勝利を呼ぶ?
 このニュースを知った広島ファンは、勝利の女神ならぬ「優勝の恵み」が現れたという感激に浸った。私が現役時代を過ごした記者仲間に、熱心なカープファンがいる。政治部に属し、いつも天下国家を論じるのが好きな豪放磊落な男である。私に電話をかけてきた、こう言った。
 「イギリスの首相が赤い靴下を履いたのは、なんともいい徴候だ。さっと、日英同盟を思い出したよ。この同盟により強い味方が日本について、あの強いバルチック艦隊を倒したんだ。来年のカープは、バルチック艦隊ならぬトラ艦隊を沈めてカープの旗を高々と掲げる。実に、楽しみだ」
 1902年に結ばれた日英同盟のおかげで、日本は英国の協力のもと国債を売って戦いの費用をつくり軍備を補強した。2年後、日露戦争に突入し、東郷平八郎司令長官率いる連合艦隊が日本海でロシアのバルチック艦隊19隻を撃沈した。
 司馬遼太郎は、日露戦争は小さな農業国家が強大な軍事大国を破った歴史的な快挙であると『坂の上の雲』で著している。日英同盟締結から121年、英国首相が赤い靴下をはいて外交の演技をし、カープファンを小躍りさせた。あれは人気取りの外交パフォーマンスという声も出たが、幸運を運ぶ赤い靴下になるとファンは期待に膨らませるのである。
▽新井監督が「勝負強い」チームに変える
 広島は2023年、新井貴浩監督が就任してチームを大きく変えた。
19年から4年連続Bクラスが続いたが、新井監督は投打の戦力を整え、夏場までは阪神と優勝争いを繰り広げた。9月半ばまで、セのなかで広島はチーム盗塁数こそトップだが、打率、本塁打数とも4位だ。それでもAクラスに位置したのは「勝負強さ」を発揮しているからである。今後、投手陣が充実し投打ともに戦力が充実すれば、かつての赤ヘル軍団のような強いチームに蘇る可能性はある。
 来るべきシーズンには赤い靴下軍団が、強き黄色い虎軍団を退治する? 「アレ」ではなく、優勝よ「コイ」となる可能性もありそうな。(続)