「記録の交差点」(7)-(山田 收=報知)

第7回 中村剛也(西武)②
 中村の持つ満塁本塁打記録を追う中で、浮かび上がった先人たちの姿をさらに見つめてみたいと思う。前回は駒田徳広を取り上げた。筆者自身、取材した選手だから印象が強い。しかし満塁本塁打の記録を紐解いてみると、まだまだ凄い男たちがいたことがわかる。
 それは西沢道夫。名古屋、金星、中日などでプレー。後に、初代“ミスター・ドラゴンズ”と呼ばれ、1977年に殿堂入りしたレジェンド。戦前は投手。年齢が足りず、練習生で入団し、1937年、16歳5日で公式戦デビュー。史上最年少記録を残している。
 超人的と思えるのは、名古屋時代の1940年に20勝をマーク、42年5月24日の大洋戦では延長28回を311球で完投(相手の野口二郎は344球)し、日没引き分けに終わっている。ちなみに28回はMLBの25回を上回る最長イニングである。加えて、同年7月18日の阪急戦で、プロ野球史上14人目のノーヒットノーランを達成した。
 その後出征するも右肩を痛めたため、46年に復員すると、打者に転向してプロ野球に復帰。スラッガーとしての素養を存分に発揮するのだ。49年に37本塁打、50年には46本を量産するが、この年、日本プロ野球で初めて50本を超えた(51本)小鶴誠がいいたため、本塁打王のタイトルには縁がなかった。だが、同じシーズン、5本の満塁弾を放ち、この記録は73年間破られてはいない。
 同年の西沢の満塁時での打撃成績を調べてみた。全部で21打席。20打数10安打、5本塁打、2二塁打、3単打、1四球、35打点。なんと打率5割だ。但し、左飛が2本(2打点)あり、現在なら犠飛となる。実質は18打数10安打、打率.556である。さらにボールカウントをみてみると、10安打中8本が1ストライクまでに打っている。積極的な姿勢とともに、押し出しを警戒して早めに勝負をしてくるバッテリー心理を読んだ打撃といえる。さすがに投手出身のスラッガーだ。
 満塁本塁打があぶり出した快記録をもう一つ。この劇的ホームランを1試合2本も叩き込んだ強者がいる。1951の年飯島滋弥(大映)と2006年の二岡智宏(巨人)だ。飯島はシーズン最終戦の10月5日の阪急戦(大須)の1回無死満塁で1発目。7回には3ランを放ち、打者一巡して訪れた満塁の好機でグランドスラム。1試合2満塁本塁打、1イニング7打点、1試合11打点のトリプル日本新を打ち立てた。
 二岡は4月30日の中日戦(東京D)の4、5回に日本初の2打席連続満塁弾。1試合10打点のセ記録に並んだが、飯島には及ばなかった。
 2024シーズンも西武でプレーする中村が、3年ぶりの満塁ホームランで、彼らレジェンドに匹敵する物語を綴ってもらいたい。=記録は23年シーズン終了時点=(続)