「オリンピックと野球」(10)-(露久保孝一=産経)

◎好きで大好き…「巨人、大鵬、卵焼き」
東京五輪が開催された 1964(昭和 39)年は、日本の高度経済成長の真っただ中にあっ た。当時、国民の流行語になったのは、
「巨人・大鵬・卵焼き」
である。プロ野球の巨人も、大相撲の横綱・大鵬も強く、卵焼きは子供から大人まで「人気の食べ物」だった。この言葉は、 以前から流行り出したが、オリンピック開催の年でも誰もが口にする「人気」を保っていた。言いやすくて、分かりやすくて、ぴったり世相を反映した言葉だった。
このキャッチコピー を考えたのは、作家で元経済企画庁長官の堺屋太一さんだった。61 年、通商産業省(現経済産 業省)の官僚時代に、記者会見で「子供はみんな巨人、大鵬、卵焼きが好き」と話した。
圧倒的に強い巨人と勝ち続ける大鵬、値段が上がらず物価の優等生とされた卵を、「高度経済成長期 における強い者へのあこがれの象徴」として若手役人で言い合った冗談を記者に話したところ、 記者が「これは面白い」と報道したのが流行語のスタートだった。
卵焼きは物価安定のお手 本と評したが、流行語になると「みんなの好物」と拡大解釈されるようになった。

▽巨人だけが看板倒れ、その屈辱をバネに
五輪が開催された 64 年に、♪好きで好きで大好きで…と歌う松尾和子&和田弘とマヒナスター ズの「お座敷小唄」が大ヒットした。その歌に乗り、大好きな巨人・大鵬・卵焼きの「強き御三家」 の活躍をファンは待った。
しかし、巨人だけがコケてしまった。前年リーグ優勝の巨人は、阪神と 大洋(現DeNA)の優勝争いに加われず、ずっと3位のままにシーズンを終えた。ファンは「何 が巨人、大鵬、卵焼きだ。巨人は空しい虚人だ」と揶揄して地団太を踏んだ。
それでも、巨人ファンは王貞治の本塁打量産に拍手を送り続けた。年間 55 本塁打の新記録(当 時)を樹立し、本塁打王と打点王をとり、最高殊勲選手(現在は最優秀選手=MVP)に選ばれた。
「王、大 鵬、卵焼きにはならないのか」という声も飛んだが、そうはならなかった。大鵬は1月の初場所、3月の春場所、9月の秋場所、11月の九州場所と4 度優勝し、流行語そのままに「1強」時代に入っていった。
巨人は、低迷の中から「敗北の悔しさ」を身にしみて感じ取った。その教訓を次の年から生 かし、優勝に向かいチーム一丸となって突き進んだ。65年から連覇を始める。
日本はこの 年から「いざなぎ景気」と呼ばれる高度経済成長期に再び入り、カラーテレビ、クーラー、自家用車の新・三種の神器が普及していった。巨人も高度成長を続け、川上哲治監督のもと「V9」を成し遂げた。

▽五輪で大きな変化、新しい流行語が再び?
巨人の強さと人気はその後も変わらなかった。が、21 世紀に入り、プロ野球中継の視聴率が 下がり始め、地上波の巨人戦中継は減少していった。プロ野球人気そのものが落ちていると言 われてきた。
しかし、観客動員数は増加傾向にあり、野球人気の衰えは一部の現象だった。2019 年には、セ・パ両リーグの年間合計観客動員数は 2654 万人で史上最多となった。「巨人・大鵬・卵焼き」時代をはるかに上回る観客が、試合観戦に詰めかけているのである。
プロ野球はオリンピックを契機に変わっている。2020 年夏以降は、どんな変化が見られ、どんな流行語が生まれるだろうか。(続)